第344話 ど男戦士さんと漢祭

【前回のあらすじ】


 ぽつぽつと、暗黒大陸の脅威について話し始めるオカマ僧侶。

 魔女ペペロペが復活したこと。そしてペペロペが200年前の失敗を踏まえて、慎重に暗黒大陸で暗躍をしているということ。


 大陸を統一し。

 兵を揃え。

 そして――。


「暗黒剣と暗黒騎士……だと!!」


 死霊を操る暗黒剣ソードム。

 それを使う暗黒騎士を生み出した。

 そんな話に男戦士たちが戦慄する。


 そして即座に男戦士の脳裏を過ったのは、かつて一緒に戦った暗黒騎士――シュラトのことであった。はたしてその暗黒騎士とは、彼が思い描いたその人なのか。


「もしや、いや、まさか――オニーチャンスキー!!」


「……なんだろう、締めの大切なシーンのはずなのに、この緊張感の無さは」


 とまぁ、いかにもなシリアス展開だったのに、最後の言葉でそれはどこへやら。

 どエルフさんの言う通り。なんともしまりのないエルフ名を呟かれては、緊張感もへったくれもなくなってしまうのであった。


 流石だなど男戦士さん、さすがだ。


◇ ◇ ◇ ◇


「そう、問題はその暗黒騎士と、彼が持つ暗黒剣ソードムなのよん。これが厄介」


「厄介?」


 物憂げな顔をして溜息を吐き出すオカマ僧侶。

 今更だが――皺くちゃで病的に青白い顔をした彼女。吸血鬼ということもあるのだろうが、その生気のない顔から息の吐き出される様は、なかなかに凄みがあった。


 生唾を男戦士たちが飲み下す。

 尻の下にした赤い棺桶。オカマ僧侶はそっとその視線を男戦士たちから逸らしてそこへ向けると、蝋燭のような指先で縁をなぞった。


「暗黒大陸は数多くの戦乱を経て来た血塗られた大地よん。その狭い領土に反して、幾千幾万というこの世を恨みし魂に満ちている場所と言っていいわ」


「……争いの絶えない場所だとは聞いたが」


「……それほどまでとは」


「暗黒剣ソードムはそのような悪霊たちに血肉を与え、再びこの地に顕現させる力を持った魔剣。想像してみて、古今東西の暗黒大陸に満ちている悪霊たちが顕現し、中央大陸へと向かってくるその光景を」


 冷や汗が鳥肌の合間を縫って背中を滑り落ちていく。

 想像するまでもなく、その言葉をオカマ僧侶から聞いた時点で、男戦士たちはそれがどれだけ恐ろしい事かを理解した。


 争い絶えない暗黒大陸。

 オーガ、オーク、ダークエルフ、ゴブリンの群れたち。

 その悪霊たちが大挙して自分たちに向かってくる。


 しかもそれらは、おそらく――。


「もちろん、彼らは体を持たない存在よ。普通に攻撃しても倒すことはできない。物理的な攻撃はほぼ無意味と考えて貰って構わないわぁ」


「……やはり」


「……そんな。そんなの相手に、いったいどうやって戦えばいいのよ!!」


 暗黒大陸からやってくる絶望的な死霊の軍団。

 思わず、女エルフは声を荒げた。


 霊的なモンスターに対して攻撃するには霊的な方法しかない。一体、二体の霊的モンスターであれば、女修道士シスターのような聖職者が対応するのだが――。


「流石に暗黒大陸に満ちる全ての悪霊となると、対抗するのは難しいですね」


「――教会の全修道士が力を合わせたとして、暗黒大陸から向かってくるそれらを全て浄化するのは不可能でしょう。法王ポープとして、私も断言します」


 女修道士シスターが、そして教会を統括する法王ポープがそれを不可能だと明言する。

 絶望的なその状況に、女エルフが耳を震わせた――。


 だが。


「だぁーいじょうぶ。その為に、私も――マーチさまも一計を案じたのよ」


「一計を案じる?」


「そう。そしてそれこそが、貴方たちをこの地に呼び寄せた目的なのよ、ティトちゃん、それにモーラちゃん」


 いつの間にかオカマ僧侶の視線は棺桶から男戦士たちの方へと向けられていた。


 憂いはない。

 代わりに揺るぎない自信が彼女の瞳には揺れている。


 その顔にどきりと男戦士たちの胸が高鳴った。


 限りなく胡散臭い、オカマの僧侶だと言うのに、彼女のその言葉には人の心を安心させる妙な力が潜んでいる――。

 そういう風に男戦士たちには思えた。


 また――その正体に思い当たる節のある――ワンコ教授の顔つきが変わった。


 やはりオカマ僧侶は自分が推測したなのではないか。

 ワンコ教授が子供っぽい姿に似合わぬ鋭い視線を向けた。


 とにかく。

 その場に居る全員が、その時、オカマ僧侶を見ていた。

 それがむず痒いのか、それともおどけてなのか、オカマ僧侶が怪しく笑う。


「やだぁ、そんな怖い顔しないでみんな」


「しないでって……」


「そう言われてもな。暗黒大陸から魔女ペペロペと暗黒騎士、そして死霊の軍団が攻めてくる。そんな話を聞かされて、怖い顔をするなという方が無理な話だ」


「そうよねそうよね。けれども――それを解決する方法は既に考えてあるのよ」


「解決する方法」


「そう、それこそ、マーチ様が私に授けてくださった儀式魔法。暗黒大陸の死霊を復活させるのと同じように、秘術」


 その名も――と、溜めてオカマ僧侶は握りこぶしを造った。

 気合の入ったその声色が――女っぽいものから男らしいものへと変わる。


「神聖魔法【漢祭】じゃぁい!!!!」


「「「「神聖魔法【漢祭】!?」」」」


 神聖とは程遠い、なんだか眩暈がしそうなそのフレーズ。

 男戦士も女エルフも、女修道士シスターもワンコ教授も、その言葉に戸惑って言葉を失った。


 はたして、【漢祭】とはいったいなんなのか。

 そもそもそんなものを神聖魔法としている教会は大丈夫なのか。

 そして、思わず素が出た男らしいこのオカマ僧侶は、本当に信頼していいものか。


「そう、その儀式を行うためだけに、私と神々は壮大な計画を巡らせたのよ。魔剣エロスの中央大陸への帰還もその一環なの。全ては、神の掌の上ってね」


「悪かったなぁ、下手打っちまってよぉ。というか、俺はもう神々の奴らに、良いように使いっ走りにされるのは勘弁なんだけれど」


「仕方ないじゃないエロス――貴方がやらなくちゃいったい誰がやるの?」


 オカマ僧侶の問いかけに唯一応えたのはエロ魔剣。

 しかしそんな魔剣も、オカマ僧侶に切り返されたなり、すっかりとだまり込んでしまうのだった。


 まるで、その言葉の通りだ、反論できないという感じで――。


「……だぞ、やっぱり、そうなんだぞ。これは、大変なことになったんだぞ」

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