第310話 ど男戦士さんといざ連邦中央首都

【前回のあらすじ】


 中央大陸連邦騎士団。その団長への就任要請を受けたことを、魔剣エロス経由で男戦士は仲間に打ち明けた。


 彼の胸の中に去来するのは、連邦騎士団の青年騎士とのやり取りのあとのこと。

 古馴染みの店主と交わした会話であった。


「馬鹿なのだろう。仕方ない、そういうい風に生まれついてしまったのだから。今更、賢く生きられるとは思っていないし、生きようとも思わない。自分が背負った宿命を、放り出さずに生きる事しか、俺にはできないんだ」


 店主にそう告げた男戦士。

 その時より、既に答えは決まっていた。


 かくして彼は思いを固め、連邦騎士団団長就任の話を受けることにしたのだった。

 パーティを代表して、女エルフが男戦士の覚悟に応える。


「だったら、その覚悟について行ってあげるわ、リーダー!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 夜が明けた。


 再び、冒険者ギルドに顔を出した男戦士たち。

 今度はパーティたちと一緒に、彼は応接間へと通された。


 革張りのソファに浅く腰掛けて、待っていたのは先日の青年騎士である。

 男戦士の決めることだ、不要と判断したのだろう。ギルドマスターの店主も、冒険者ギルドの経営者も、応接間にその姿はなかった。


「来てくれると思っておりました、ティト殿」


 青年騎士は、男戦士が部屋に現れるなり、すかさず立ち上がると背筋を伸ばす。


 昨日の態度からは、打って変わっての丁重な対応。

 思わず、男戦士の口から変な微笑みが漏れ出てしまった。


 そのまま腰を曲げようとした青年騎士に、まぁ待て、と、男戦士は制止する。

 気を遣わなくていい。そう言うと、パーティたちを残し、男戦士だけが青年騎士の対面にあるソファーへと腰かけた。


 彼は、膝の上に手を置くと、真っすぐに青年騎士を見る。

 自分よりはるかに実力のある歴戦の兵。そんな男の腹の据わった表情に、青年騎士は思わず生唾を飲み込んだ。同時に、彼が覚悟を持ってこの場に挑んでくれているということを、彼は確信した。


「ご決断、していただけたのですね」


「あぁ。連邦騎士団の団長就任の件。受けさせて貰う」


「ティト殿!! いや、ティト団長!!」


 まだ立ったままの青年騎士。

 再び腰を折ろうとする彼を、まぁ待ってくれ、と、男戦士がまたしても制止した。


 いささか気が早いのは、若さゆえだろうか。

 なんにしても、男戦士にもただでこの話を受けるつもりはない。

 受けるにはそれなりの条件があった。


 もっとも、困ったことはどうあっても、放っておけない男戦士。

 金銭面での条件では、それはなかったが……。


「今回の騎士団への教会への介入の件が気になる。その如何によっては、俺は団長の座を降りさせてもらう」


「というと?」


「連邦騎士団へあいさつに向かった後、すぐに教会本部へ今回の介入の意図を問いただしに行く。それでも構わないだろうか?」


 もちろん、一介の青年騎士にそのような裁量権があるはずもない。

 連邦騎士団の上官に判断を仰がなければならないことだ。


 そう、青年騎士が思い至ったところで、男戦士の提案の意図に気がついた。


 なるほど。すぐに教会へと行かず、まずは連邦騎士団に立ち寄るのは、青年騎士の上官――現騎士団長たちと直に話をするためか。

 機転の利いた男戦士の発言。

 改めて、青年騎士は感嘆して体を震わせた。


 この男はやはり一介の冒険者ではない、と。

 騎士団のなんたるかをよく知っている、人の上に立つ人間だと。


「それは私には判断しかねます。連邦騎士団にて、直に現団長たちとお話になられるのがよろしいかと。もとよりそのつもりなのでしょう?」


「あぁ」


 かくして男戦士が座ったまま、手を青年騎士へと差し出す。

 よろしく頼む、と、青年騎士を上目遣いに見る目が告げていた。


 ようやく若い騎士は落ち着きを取り戻した。そのまま、ソファーに腰を下ろすと、男戦士の誘いに応えるように、その手を握り返す。

 その表情には安心感と共に、男戦士への信頼感に満ちていた。

 この男、真に頼むに足る人物である、とばかりに。


「さっそく、連邦騎士団がある主都へと向かう段取りを相談したい」


「分かりました。騎士団から支度金は充分に頂いています、大丈夫かと」


◇ ◇ ◇ ◇


 青年騎士は支度金を充分に預かっていた。

 それを横領したり、道中で、適度に浪費するような腹芸も知らぬほどに、彼は若く、そして青々しかった。


 騎士団にある七つの団。その一団を預かっている騎士団長――彼から渡された金貨の入った麻袋を、青年騎士は大事に大事に、鎧の胸当ての中へとしまい込んでこの街までやって来たのだ。


 金品目当てに襲い来る盗賊を斬り捨て。

 遭遇したモンスターから逃げ回り。

 途中で立ち寄った街で、しつこくまとわりついてくる乞食から身をかわして。


 彼は支度金を守り抜いた。

 全てはティトを、速やかに連邦騎士団へと向かわせるため。

 早馬を買い、一日でも早く、連邦共和国の首都へとその身を送るために。


 ところが。


「一緒に連れて行くなんて――聞いていません!!」


 そう、青年騎士が叫んだのは、男戦士が一緒に連邦騎士団へと連れて行くと言った、女エルフたちを見た時だった。


 いや、女エルフたち、男戦士のパーティの存在を彼が知らなかった訳ではない。

 冒険者をする以上、単独で行動しているとは考えにくい。

 誰かしら仲間はいるだろう。そう思っていた。


 しかし、騎士団長としての役目を引き受けるならば、彼らとの関係は自然解消するはずだ。単身で騎士団にやって来てくれるはずだ――。

 などということを彼は考えていたのだ。


 もちろん、その考え自体はおかしくはない。

 むしろビジネスライクな冒険者であれば、当然そうするだろう。彼らの大半は、利害関係によりパーティを組んでいるのであり、仲間意識がある方が珍しいのだ。

 なので、騎士団長という安定した職を得たのでパーティを解散する――という発想になるのが、経験の少ない青年騎士にも容易に想像できた。


 不幸だったのは、この男戦士のパーティが、仲間意識がある珍しいパーティだったということ。


「ついて行くわよ!! ティトが騎士団長になるなら、私たちも手伝うわ!!」


「私もです。ティトさんには、色々と恩がありますし――なにより、今回の教会本部の決定について、私も不服がありますから!!」


「乗りかかった船なんだぞ!! ここで降りるのは研究者として恥なんだぞ!!」


「師匠!! 弟子にしてくれるまで、拙者はどこまでもついていくでござるよ!!」


 パーティ+からくり侍。

 口を揃えて青年騎士に言う。


 たはは、と、男戦士が情けなく笑う横で、青年騎士は頭を抱えた。


「まぁ、皆、一騎当千の頼りになる仲間だ。騎士団に加えれば、まず間違いなく戦力になってくれるだろう」


「そうかもしれませんが……」


 正直路銀が、と、顔を滲ませる青年騎士。

 胸当ての中から麻袋を取り出して勘定をするが――当然、この人数を早馬で送り届けることなどできない。


「これでは、行きと同じで歩き旅になってしまう」


「なに、徒歩での移動は慣れている」


「冒険者だからね」


「急いてはことをなんとやら。兵は拙速を求められるものですが、男としては少しくらい遅いくらいが、魅力的でいいと思いますよ?」


「だぞ、のんびり行くんだぞ!!」


「師匠ぉ!!」


 やんややんやとうるさいパーティメンバー。

 彼らを止めることが不可能だと悟った青年騎士は、おずおずと、麻袋を胸当ての中へとしまいこむと、溜息を吐き出したのだった。


 そんな彼に、乾いた笑いを男戦士が浴びせる。


「まぁ、そういうことだ。ゆっくりと行こうじゃないか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る