第311話 どエルフさんと騎士道

【前回のあらすじ】


 中央大陸連邦騎士団。その団長就任の要請を受ける旨を伝えた男戦士。

 しかしながら、教会が騎士団に介入してきた意図がどうにも見えない。


 その意図の如何によっては辞めるということを男戦士は明言し、まずは連邦騎士団の本部がある、連邦共和国の首都を目指すことになったのであった。


 もちろん、女エルフたちパーティと一緒に。


「これは想定外です!! こんな大所帯だなんて!!」


「まぁまぁ」


 男戦士一人。

 彼だけを団長として迎えるつもりだった青年騎士は、同行するという女エルフ、そして、弟子入り志願のからくり侍におおいに驚いた。


 旅は道連れなんとやら。

 はたして、南の島より戻って久しぶりの休息も束の間、再び男戦士たちは新たな旅に出立することとなるのであった。


◇ ◇ ◇ ◇


 男戦士たちが拠点としている街は、大陸中央連邦共和国のちょうど真ん中にある。

 しかし共和国の首都は、彼らの居る街よりも北に上がったところ――峻険な山々の連なる山岳地方、その裾野付近にあった。


 交通の要衝である男戦士たちの拠点と比べると、幾分不便な土地だと言える。

 だが、これは共和国の生存戦略によりあえてそうしたものだった。


 西の王国、南の国、そして白百合女王国。

 大陸の中でも連邦に所属していない国は幾つかある。


 連邦に所属していないということは、つまり敵対関係――もちろん武力的な衝突にまではなかなか発展しないが――にあるということであり、そんな国々と近い位置に首都を置くことはできない。

 いつ戦争となった時に、攻め込まれるやもしれないからだ。


 必然、その国境線から遠い所に首都を置くことになった。


 その点、北部は峻険な山々に囲まれており、ミクロ国家が乱立しているだけだ。

 さらに北部のミクロ国家群と連邦共和国の関係は極めて良好である。


 寒冷地に加えて山岳地ということもあり、ミクロ国家はどこも作物を作るのには適さず、連邦共和国に食料の貿易を依存している。一方で連邦共和国は、ミクロ国家の少数民族が作り上げる工芸品や独自の技術を欲していた。


 両者の利害は完全に一致している。

 そのため、北に関して連邦共和国はいささか無警戒になり、周辺国と大きな戦があるたびにその首都を北上させていき、今の位置へと落ち着いたのである。


 閑話休題。


 太陽を背にしながら、女エルフがしんどい顔をして、溜息をこぼした。


 拠点の街を出てからはや二日。

 歩きっぱなし、昼の行軍の最中のことである。


 首都へと向かう街道。

 拠点の街から出ている道のどれよりも、よっぽど整備されている道ではある。

 だが、幾ら歩きやすく整備されていても、まる二日も歩いていれば流石に疲れる。


 冒険者でもそこは人間。

 感じ方に変わりなかった。


「しかし、北へ北へと、ここ最近は北上してばっかりだわね」


「そう言えばそうですね。いきなり南の島に飛ばされたりしましたけど」


「だぞ。心配しなくても、暗黒大陸は西側だから、次に移動するのは西なんだぞ」


 そういうことじゃないわよ、と、言って歩みを止めた女エルフ。

 いつもなら、文句の一つも言わずに行軍する彼女。それが突然に足を止めたのだから、思わず男戦士も驚いた。


 そのまま、振り返って彼は足を止める。


「どうしたモーラさん?」


「なんでもないわよ。ちょっと休憩」


「モーラさん、モーラさん。お花を摘みに行かれるなら、あそこの丘のあたりが」


「違うわよ!!」


「……まさか、装備中の暴れん棒がズレたとか? エルフの趣味をどうこう言うつもりはないが、そういうのはさりげなく直して欲しいものだな。子供もいることだし」


「違うよわ!! だぁもう、なんでアンタらはそういうことばっかり!!」


 いつものように色ボケをかます男戦士たち。

 そんな彼らに、拳骨をくらわしてから、女エルフは街道沿いに転がっていたちょうどいい塩梅の岩の上へと座り込んだのだった。


 革靴の嵌った足を揺らして、ふぅ、と、息吐く女エルフ。

 揺れるそのつま先に彼女は視線を向けた。


「歩きでこんな長距離移動はしてなかったから、ちょっと疲れただけよ」


「なんだ、それならそうと言ってくれればいいのに」


「まぎらわしいですね」


「あんたらが勝手に勘違いしたんでしょうが」


 やっていられないわ、と、岩に手をついて視線を落とす女エルフ。

 その時だ、そんな彼女の前に青年騎士が歩み寄ると、突然に膝をついた。すぐさま、背中に背負っている背嚢を開くと、彼は軟膏を取り出してみせる。


「レディ、よろしければこの軟膏を使ってください」


「え?」


「疲労に効くともっぱら評判の薬です。すみません、お疲れのことに気が付いて、昨晩にでもお渡ししておくべきでした」


 恭しい扱いにどうしていいか分からず固まる女エルフ。

 そんな彼女の膝の上に軟膏を置くと、すぐにまた青年騎士は背嚢を漁りだした。


 次に取り出したのは携帯用のアルコールのコンロだ。

 さらに、鉄製の器を取り出して、彼は爽やかに微笑む。


「せっかくです、お茶といたしましょう。すぐに湯を沸かします。茶菓子はありませんが、そこはご勘弁願いたい」


「いやいやいや、ご勘弁なんてとんでもない。むしろそれはこっちの台詞よ」


 なにこの扱い、と、女エルフが困惑する。

 そんな彼女に向かって、惚れ惚れするような笑顔を青年騎士は向けた。

 金色の髪が、草原の風に優しく揺れる。


「レディへ礼を尽くすのは騎士の嗜み。当たり前のことです」


「……聞いた?」


 女エルフの視線は、すぐに男戦士を捉えていた。

 恨み節が籠った、なんともじとりとした湿っぽいその視線に、思わず蒼い顔をして男戦士は顔を逸らす。


 言わんとせんことはよく分かった。

 それでなくても、元騎士である彼には耳の痛い言葉であり、肌に突き刺さる視線であった。いや、それは、と、思わずその視線を足元に泳がせてしまう。


「ささ、どうぞ皆さんもお休みになってください。すぐに人数分のお茶を用意しますから」


 まさに物語の規範たる騎士である。

 青年騎士の振る舞いに、男戦士パーティの女連中から感嘆の声が漏れた。


「流石、連邦騎士団の騎士様は礼儀が違うわね」


「武道だけではなく、ちゃんとした教養も受けているということですか。立派です」


「だぞ、こんなところでお茶なんて、普通に冒険してたらありえないんだぞ」


「侘び寂びでござるな。なんにしても、相手を慮るその行動あっぱれでござる」


 やんややんや、と、ほめそやされて、満更でもなさそうに顔を赤らめる青年騎士。

 ふと、そんな彼に、しかめっ面を男戦士が向けた。


 負け惜しみだろうか、それとも、嫉妬だろうか。

 なによ、と、女エルフが言った時だ。


「確かに、淑女を気遣うその手際、まさしく騎士の鑑と言っていいだろう」


「ティト殿?」


「しかし――甘い、甘いぞ、ロイド!!」


 今更であるが、青年騎士の名はロイドと言う。

 そんな彼に向かって、人差し指を突き付けて男戦士が眉を寄せた。


 笑止。


 そんな感じで青年騎士を見る男戦士。

 おもわずその気迫に、色めき立った女エルフたちが沈黙するほどであった。


 いったい何が甘いのか。

 どういうことですかと、生真面目に問い返す青年騎士に、男戦士は指先を引っ込めると腕を組んだ。


「お前の用意した紅茶には足りないものがある!!」


「た、足りないもの!?」


「そうだ!! 紅茶を用意しておくなど、騎士としては当たり前の嗜み!! 騎士として更に高みを目指すのであれば、同行する貴婦人の嗜好に合わせたモノを、あらかじめ用意するべきだ!!」


 まともだ。

 あんまりにまともな主張に、女エルフたちまでたまらず言葉を失う。


 しまった、と、青年騎士がその場に崩れ落ちたのは言うまでもなかった。


 とはいえ。

 流石に正論ではあるがいちゃもんと言えなくもない。

 すぐ、男戦士に女エルフが食ってかかった。


「多少の不備は仕方ないじゃない。紅茶出してくれるだけ、アンタよりマシよ」


「いいや!! 俺ならば、モーラさんの嗜好品をちゃんと察して用意しておく!!」


「私の嗜好品?」


「なんですかティト殿!! 教えてください!! 至らぬ私にご教授を!!」


 嫌な予感しかしない。

 そんな感じに顔を引きつらせる女エルフ。

 彼女を横目に、男戦士は打ちひしがれている青年騎士に視線を向けると、すぅと深く息を吸い込んだ。


 そして――。


「モーラさんが好きなもの、それは……」


「それは……?」


 一呼吸置いて、彼の口から飛び出した、女エルフの嗜好品とは。


「どろり、濃い、ミルク!!」


「どろり!! 濃い!! ミルク!?」


 安定の下ネタアイテムであった。

 ずるりと、石の上で尻を女エルフが滑らしたのは言うまでもない。


「結局こういうオチかーい!! かーい!! かーい!!」


 女エルフのやり切れぬ叫びが、蒼い草が生い茂る原野に響いた。

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