第295話 どエルフさんと耳年増
【前回のあらすじ】
冒険者ギルドに、会員料を納めるために向かった男戦士たちご一行。
そこで馬鹿正直に、自分が戦士技能レベル8――当代随一の使い手――だと申告した男戦士。すぐさま彼は、ギルドの職員たちに引っ張られていくのであった。
「あぁ、こりゃ、今日は長くなりそうだわ」
「だぞ。今日も冒険者開店休業なんだぞ」
◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドを後にした女エルフたち。
リーダーがギルドの重役たちに捕まってしまってはどうしようもない。
「今日は終日フリー。自由行動にしましょうか」
「だぞ!! そうするんだぞ!! 僕もちょっと、これまでの冒険について、資料の編纂がしたかったんだぞ!!」
「いいですね。私も、教会に今回の冒険について報告に行きたかったところです」
女エルフの発案により、本日の冒険はとりやめ。
男戦士パーティは休日として過ごすことが決定した。
ここ最近というもの、彼らがとにかく忙しかったのは間違いない。
エルフ喫茶の立ち上げの手伝いや、暗黒大陸に対する備えやらなにやら。
ろくに冒険者してなかったが、とにかく忙しいのは間違いなかった。
ある意味、休もうという結論に至ったのは仕方ない。
そそくさと、宿に戻っていくワンコ教授を見送って、女エルフと
その足が向かったのは拠点としている街の表通り――カフェやら飲食店やらが立ち並ぶ、街きってのにぎやかな通りであった。
はて、と、隣を歩く
無理もない。彼女が向かうと言った、教会は反対方向である。
「教会に行くんじゃなかったのコーネリア?」
「その前に腹ごしらえをと思いまして。どうです、モーラさん。久しぶりに、女二人、水入らずでランチでも」
「……いいわね、そうしましょう」
なんだかんだといいつつも、パーティの中では気が合う二人である。
一緒に居ると言っても、男戦士の手前もあって口に出せない話題もあった。
積もる話をするべく、女エルフはその提案にすんなりと載った。
◇ ◇ ◇ ◇
二人が入ったのは、ちょっとお高めの小洒落た軽食屋であった。
照り焼き鳥のソテーとサラダ。それとライ麦のパンを注文した二人。
のどかな太陽光が降り注ぐテラス席に移動すると、女二人は背筋を伸ばして、食事が来るのを待っていた。
「平和よねぇ」
「ですねぇ」
「この平和を乱しに、暗黒大陸が静かに手を回しているなんて、ちょっと考えられないくらいに平和だわ」
「けれども南の国ではまだ内紛が続いているそうですよ」
分かってるわよ、と、言いながら、一足早く来た紅茶に口をつける女エルフ。
ならよいのですが、と、それに合わせて物憂げな顔をする
彼女は、ジャムを溶かした紅茶を手に取ると、憂いを湛えた顔つきのままで唇をその縁に這わせた。
帰って来てからここ数日。
ギルドマスターである道具屋の店主の協力もあって、彼女たちは南の国の動乱について、ほぼほぼその情報を把握していた。
聞けば、南の国はその領土の半分を、先王の弟と商業ギルドが連合した反乱軍により奪われる形となった。
しかし、西郡諸侯を取りまとめていた太守の娘を御旗とし、義勇軍が集まった。
更に、ここに来てようやく南の国の正規軍が重い腰を上げた。
これにより、南の国は反乱軍に対して巻き返しを計り、今、一転して反乱軍を押しているという状況らしい。
領土の三分の二は既に回復された。
残る三分の一の都市に、先王の弟とそれに賛同する領主たちが籠城しているという、そういう状況なのだそうな。
内紛は確かに続いている。
だが、この状況では、終わるのはもう時間の問題というものだろう。
「南の国に聖女現るだっけ。凄い話よね。会いに行かなくていいの、コーネリア?」
「教会が正式に認定したものではありませんから。まぁ、このような非常事態です。そういう分かりやすいモノを旗印とするのは、仕方のないことでしょう」
「正規軍もようやく重い腰を上げたっていうしね。何が決め手だったのかしら」
「なんでも勇者が味方したとか、言っていましたが。それも怪しい話です」
勇者ねぇ、と、女エルフがせせら笑う。
うちのバカとどっちが強いのかしら、なんて、そんなことを言う。
それから、彼女は、ふとその視線の先をティーカップから移動させた。
なんとはなしに向けたのは表通り。
そこから向かいにある大衆食堂へと目が行った。
こちらのお洒落なカフェとは違い、昼は飯屋、夜は居酒屋と、街で働く男たちに向けて開かれているそこ。充分に繁盛しているらしく、人はもちろん亜人の客がテラス席まで溢れかえっていた。
落ち着いた感じで、少し空席もあるこちらの店とは大違いである。
相席している者たちも居る。
そんな光景を見ると、ちょっと高い金を出して、いい店に入っただけはあるなと、女エルフはついついとほくそ笑んでしまうのだった。
その笑いの意図を汲み取り、こほん、と、
その時だ。
ふと、女エルフが目の端に知った顔を見つけた。
「あれ? もしかしてパドンじゃないの?」
「……おや。そうみたいですね」
見かけたのは、白百合女王国へと出立する前。
これまた個人的に依頼を受けたインテリジェンスオークの男。
この街の樹木を管理する仕事をしている、男オークであった。
緑色をした巨躯を折り曲げて、彼は椅子に座っている。
その目の前には、大皿いっぱいの肉料理。
そして、少し間をあけて、同じく緑色の肌をした女オークが座っていた。
澄ました顔をして、男オークの四分の一くらいの肉を食している彼女。
これまた、よく女エルフたちが知っている相手だ。
そう彼女こそは、暗黒大陸からやって来た傭兵団の一人。
男戦士の命を奪いかけ、その後、彼女たちの傭兵団壊滅作戦に協力し、今はインテリジェンスオークの世話になっている――ハーフオークの乙女であった。
どうやら、二人で昼食という様子らしい。
により。
また、違う笑みで女二人の顔が歪んだ。
「ちょっと、モーラさん、いい感じなんじゃないですか、あの二人」
「そうよねそうよね。少なくとも、その気がなければ、一緒に食事なんてしないわよね。常識的に考えて」
三百歳を超えても、恋バナで盛り上がるのは仕方ない。
女というのはそういう生き物なのである。
食事などそっちのけで、二人の様子を眺める女エルフと女修道士。
男オークはともかく女オークは元傭兵。視線に気が付いていいものだが、油断しているのか、一向に、女エルフたちの視線に気が付く素振りはなかった。
あたふたと、なにやら、慌てた様子でまくしたてるように喋る男オーク。
それに対して、ふぅん、と、気のない素振りで、肉を口へと運ぶ女オーク。
二人の会話の内容は遠くてここまで聞こえてこないが、どうにも女オークがつれない態度なのはよく分かった。
それだけに、やはり、会話の内容が気になってくる。
「モーラさん。ちょっと、何か聞こえないんですか?」
「無理よ。どれだけ距離があると思っているのよ」
「その無駄に長い耳は飾りですか!! いったい何のためにそんな耳を長くしたと思っているんです!!」
「エルフだから仕方ないでしょ!! これはそういうものなの!!」
「けど、エルフは森の中で過ごす種族だから、音には敏感だと――」
はっ、と、
あぁ、これ、いつものパターンだな、と、即座に女エルフは身構えた。
そして、そう。
それは彼女が危惧した通り、いつものパターンであった。
「齢三百歳を迎えて、ついに、耳が遠くなったということなんですね、モーラさん」
「遠くなっとらんわ」
「けど、耳年増なら、恋バナには敏感に反応するはず!! もう一度、貴方の心の中のどエルフセンサーを研ぎ澄ますのです!! モーラさん!!」
「なんだどエルフセンサーって!!」
「どエルフイヤーは超音波も聞き分けるんでしょう!! どエルフアイは流し目で、どエルフカッターは空気を凍らせる!! どエルフの力――身に着けた、正義のヒロイン!! 流石ですどエルフさん、さすがです!!」
「そんなんと違うわーい!! わーい!! わーい!!」
渾身のどエルフボイスがカフェテラスに木霊する。
優雅な午後のひと時は、こうして、いつものように壊れていくのであった。
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