第284話 どエルフさんと伝説
【前回のあらすじ】
自らが神であることをあっさりと認めた、北の大エルフこと幸福の神――アリスト・Ⓐ・テレス。
その神々しさのなさをなじられながらも、彼は神にまつわるありとあらゆる知識を女エルフたちに伝えた。
人間の知覚の範囲外に神々は存在すること。
そして、それが為に、彼らは人間から距離を置いていること。
人々の営みに干渉しないよう、彼らが協定を結んでいること。
しかしながら――ただ一柱だけが、それを守っていないこと。
暗黒大陸においてその、影響力を発揮するその魔神。
その名は、シリコーン。
◇ ◇ ◇ ◇
魔神シリコーン。
そのなんともしまりのない名前に、男戦士、女エルフ、
もっとこう、なんか、格好いい名前だとばかり思っていたのに。
という、感じである。
一方、ワンコ教授については、一人、ふむふむと頷いていた。
えっと、と、女エルフが確認するように幸福の神へと視線を向ける。
「あれよね。かつて、英雄スコティが戦った、ペペロペが信奉していた神なのよね、その、魔神って?」
「えぇ、そうです。魔神シリコーン。暗黒大陸に生きている者たちは、皆、この神を信奉しています。常に争い、勃興を繰り返し、戦乱が治まらないのも、一つにこの魔神シリコーンが、人間たちの営みに不必要に介入しているから」
「……うぅん」
どうかしましたか、と、幸福の神が女エルフの顔を見て首を傾げる。
こちらは真面目な話をしているのに、なんでそんな表情をするのだろうか。
とまぁ、そういう感じの表情である。
それはそうだろう。
魔神シリコーン。
まったくこう、名前からして威厳さが伝わってこない。
「ちなみに、どんな神なのですか? 魔神――その手の異端に属する神については、我々教会もよく把握していなくて」
「おぉ、いい質問ですねコーネリア氏」
沈黙した女エルフに変わって
ずばり一言で表すならば、と、彼は顎先に手を当てながら腕を組んだ。
「ピンク色をしてぶよぶよとした神ですね」
「ピンク色をしてぶよぶよとした神」
「そして全てを吸い込むような大きな穴が空いています」
「大きな穴」
「暗黒大陸に住む人々は、その異形の姿をして彼を別名――ホール・オブ・オナと呼んでいます」
シリコーンで、ピンク色をしていてぶよぶよ、そして、大きな穴を持っている。
人の形をしている幸福の神の方が、まだ、幾分かマシだ。
女エルフは心の底から思った。
人間の知覚の外にあるのが神とはいえ、いくらなんでもあんまりな容貌だ。
と、そんな彼女の想いを見透かしてか、幸福の神が視線を女エルフに向ける。
「容貌こそパッとしない神ですが、その力は紛れもなく本物です。彼はその力によって、暗黒大陸に住まう人間および亜人たちを狂気のうちに支配しているのです」
「うぅん、なんで支配されるかな、暗黒大陸」
「奴を倒さない限り、彼の地に平穏は訪れることはないでしょう。そして、奴はその力を暗黒大陸の外へも及ばさんと、虎視眈々と大陸の外へ出ることを狙っている」
「なんのために」
「享楽のため。奴にとって、人々が殺し合い、国が滅び、文明が潰えることは、喜び以外の何物でもないのです」
それだけに、神々もシリコーンに対しては、結託してその力が及ばないようにと――暗黒大陸への封じ込めを行っているのだという。
「二百年前、スコティ氏に我々が力を貸したのもそういう理由です」
「スコティに?」
「二百年前、ペペロペが暗黒大陸から、中央大陸に攻め込まんとしていました。それを止めるために、スコティ氏と、四人の仲間が立ち上がりました。ドワーフの戦士エモア、エルフの魔法使いセレヴィ、人間の司祭クリネス、スクーナの盗賊ハロ。彼ら五人の仲間たちに、我々は会見し、魔神に対抗しうる知啓と力を与えたのです」
「だぞ、そういうことだったんだぞ」
「彼らの手によって、ペペロペは倒されましたが――」
「魔神自体は倒し損ねた。いや、正確には、封印することしかできなかったって所だ。やっぱり、一介の人間の力じゃ神に抗うってのは難しいわな」
と、ここで口を挟んだのは魔剣エロスである。
彼はまるでそれを、見てきたことのように、なんでもなく語った。
これに普通なら、真っ先に違和感を持つ女エルフだが。
彼女の視線は幸福の神に真っすぐに向かっていた。
その口から出てきた言葉に、その体が震えているのが分かる。
思わず、男戦士が彼女のその落ち着かない様子に、声をかけようとした時だ、彼女はソファーから飛び上がると、幸福の神の肩を掴んだ。
「やっぱり!! セレヴィは、暗黒大陸の一件に関わっていたのね!! 教えて頂戴、幸福の神――彼女は今、いったいどこに居るというの!?」
「……モーラ氏」
「モーラさん?」
「どうしたんだ、いったい」
「教えて!! セレヴィは――
鬼気迫るその表情。
幸福の神が思わず顔をしかめて、それから申し訳なさそうに視線を逸らした。
お願いよ、と、絶叫寸前の声色で幸福の神に詰め寄る女エルフ。
そんな彼女に向かって、意を決したように彼は顔を再び向けると、そっとその肩に手を置いたのだった。
「落ち着いて聞いてください、モーラ氏。貴方が長らく探してきた、養母――伝説の魔法使いセレヴィは」
「
「……今、暗黒大陸にて囚われているのです。第二のペペロペ、その器として」
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