第277話 金髪少女と大法力

【前回のあらすじ】


 絶対的な体格差のあるくろがねの巨人に対して、見事に食らいついてみせた男戦士こと紫の巨鬼と魔剣エロス。

 彼らはその巨人の頭部を刎ね飛ばし、右腕を奪うという健闘を見せた――。


 だが。そこは相手も世界を滅ぼしたくろがねの巨人と、ショーク国の大宰相コウメイだ。


「――喰らえっ!! これが青の鉄人ブルー・ジャイアントの本当の力だぁあああっ!!」


 隠し玉とばかりに、鉄の巨人の体から砲身が飛び出したかと思うと、緑の光が飛び交い、紫の巨鬼の体を打ち抜いた。


◇ ◇ ◇ ◇


「ティト!!」


 紫の巨鬼に向かって叫ぶ女エルフ。

 うぐぁ、と、呻いている辺り、どうやら無事ではあるようだった。


 まずは、その反応を見て、ほっと女エルフが息を吐く。


 そもそもとして、ほぼ不死身と言っていい、再生能力を持っている鬼だ。

 先ほどの、白百合女王国での戦いでも、その人間離れ――どころか、生物の摂理を離れた戦いぶりを目の当たりにしたばかりである。


 多少、斬られた、潰された、焼かれた程度で、どうこうなるものではない。


 しかし――。


「……ティト?」


「おかしいですね。鬼族の呪いが効いているなら、すぐにでも再生し始めてもよいものでしょうに?」


「だぞ!! もしかして、あの光は!!」


 首を失い、右腕を失っても、まだ、天空に舞い続ける青の鉄人ブルー・ジャイアント

 そこからフハハハと、コウメイの高笑いが聞こえてくる。


 紫の巨鬼の猛攻に、一時我を失っていたかのように見えた彼だが、今はもうすっかりと落ち着きを取り戻しているようであった。


「見ましたか!! これこそが、鬼殺しと呼ばれる所以!! この破壊光線は、鬼の再生能力をも凌駕するのです!!」


「……なんですって!!」


「右手と頭の主砲を使えば、一瞬にして灰燼に変えることもできたのです!! 偶然とはいえまったくいやはや、幸か不幸かやってくれるではありませんか!!」


 しかしこれまでです、と、コウメイ。

 再び、体中の砲筒をうずくまる紫の巨鬼に向けると、くろがねの巨人の体が緑色に発光し始める。フハハハ、という、笑い声と共に、第二波が鬼の体を貫いた。


 また、沈痛な悲鳴がバビブの塔の最上階に木霊する。


 コウメイが説明したとおりである。

 緑の光に体を貫かれた紫の巨鬼の体は、確かにその光を再び浴びる前より、傷ついていた。


 鬼族の呪いが追い付かない。

 ぞっと、女エルフの背筋を冷たいものが走った。


 しかし、どうする。

 この場にくろがねの巨人に対して、対抗できる力を持っているものなど――この目の前で蹲っている、紫の巨鬼しか居ないではないか。


 どうする、どうする、と、焦りばかりが彼女の中に渦巻いていく。

 浮動する自立駆動魔導書オート・マジックも律を乱してふらついている。その混乱は、誰の目に見ても明らかなものだった。


「……ティト!!」


「……なにか、何か手はないのでしょうか!! ケティさん!!」


「だぞ。アイツが言った通りなんだぞ、鬼殺しの破壊光線をなんとかしない限り、こちらに勝ち目はないんだぞ」


「……そんな!!」


 絶望に、女エルフの顔が染まりあがった。


 もはやどうしようもない――コウメイを止めることはできないのか。

 中央大陸に襲い掛からんとしている未曽有の災禍を止めることはできないのか。


 そして何より、男戦士の命を救うことはできないのか。


 あきらめてその膝が折れようかというその時。


「にょほほほほ!! やれやれ、どうやらようやく、わらわの出番のようであるのう!!」


 突然、金髪少女が高笑いを上げたかと思うと、その場で毅然として起立した。


 誰しもが彼女のその突飛な行動に目を剥いた。


 いきなり、何を言い出すのか。


 彼女が持っている、大法力という奴が、嘘っぱちの手品であることは、女エルフたちはもちろんのこと、大剣使いも周知の事実である。

 彼女はただのペテン師――ちょっとかわいらしいだけの少女である。


 それがどうして、くろがねの巨人に敵うというのか。


「誰だ小娘? 勝負に割り込んでくるとは、いい度胸だな!!」


「ふふふっ、誰だ、と、わらわに聞いたかえ? 惨めたらしい歴史の敗残者よ!!」


「なんだと!!」


 さらに、よりにもよって挑発をしてみせる金髪少女。

 いったいどうしたのか、と、困惑する女エルフが、ふと、少女の膝が笑っていることに気が付いた。


 違う、これは……。


「知らぬというなら今知るがよい!! わらわこそは、かつての大陸の覇者、ソソの血を引く者にして、大法力の使い手ヤミ!!」


「なにぃっ!? ソソの縁者だとぉっ!!」


「そうよ!! お主ら、ショーク国の将たちを、この地に追いやりし者の末――王者の血を引くものぞ!!」


 彼女は時間を稼いでいるのだ。

 自らの出自を詳らかに説明し、ソソの縁者であるということを語り、コウメイを挑発する。そうして、紫の巨鬼――ティトが回復する時間を稼ごうとしているのだ。


 中央大陸への憎しみもさることながら、その原因となったソソに対する怒りも当然、コウメイは強くもっていることだろう。

 それを利用して、足止めをしようと金髪少女は試みているのだ。


 流石は天下の大法力使い――いや、大詐欺師である。


 策士と知られるコウメイも、宿敵の名を聞けば頭に血が上る。

 見事、彼女は大宰相をもその口先八寸でペテンにかけてみせたのだ。


「おのれ――我が宿敵であるソソの縁者なれば容赦はせん!! 小娘、名乗ったことを後悔するがいい!!」


「にょほほほっ!! ただの小娘ではないと言うたであろう!! この大法力のヤミに、貴様のような下賤の者の拳なぞ届かぬわ!!」


「ほざけぇっ!!」


 残された拳を振り上げて、金髪少女へと振り下ろすくろがねの巨人。


 ペテンは所詮ペテンである。

 いけない、と、女エルフが慌てて魔法を使おうとしたその時。


「……大法力!! 全開!!」


 その言葉と共に、ぴたり、と、青の鉄人ブルー・ジャイアントの動きが静止した。

 ちょうど、あと頭一つ分――金髪少女の上に拳が迫っているという辺りで。


 それはそう、まさしく金髪少女曰く、大法力が働いたかの如くであった。


「……なに!? なぜだ、なぜ動かない、28号!!」


「……にょほ、にょほほほ、にょほほほほほ!! 見たか、思い知ったか、これがわらわの真の力――大法力である!!」


「……嘘でしょ?」


 信じられない光景に、また、目をしばたたかせて、固唾を呑みこむ女エルフたち。


 その時だ。

 薄っすらと、絞り出したようなか細い声が、破壊され吹き抜けとなった最上階にふと響いた。


「……逃げ、て、くだ、さい」


「にょほ!?」


「えっ!?」


「……ヤミ、さん。……モーラ……さん。……ハンス、さん」


「その声は!?」


「コウイチ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る