第195話 ど戦士と落ちぶれるモノ

【前回のあらすじ】


 お互いに鬼と化して相対する男戦士と仮面の戦士。

 人間の戦い方の枠を外れた、暴力によるその応酬は凄まじく、もはやドワーフ男とヨシヲの入る余地すらなかった。


 結果、辛くも男戦士が転じた鬼――アンガユイヌが勝利するも、完全決着の前に予期せぬ横やりが入った。

 それは、かつて男戦士が肩を並べて戦った、男の相棒によるものであった。


 と、そこに、男戦士を心配して駆けつけた女エルフが合流する。

 はたして彼らの運命やいかに。


◇ ◇ ◇ ◇


「これはいったいどういうつもり!? あの赤い鬼はどこに行ったの!? あなたが捕らえているその新しい鬼はいったいなに!?」


「――自分の相棒のこともわからないなんて、案外、貴方については買い被りだったのかもしれませんね」


「なんですって?」


 眼をしばたたかさせる女エルフ。

 自分の相棒。その言葉に、拘束されている紫色の鬼へと目をやる。

 鬼はまるでその姿を見られたくないように、顔を俯かせた。


 また彼女の胸を嫌な予感が駆け巡る。どうして、この紫の鬼の姿を見ていると、ここまで心がざわめくのだろうか。

 力で敵わぬ相手に対する、本能的な恐怖。それとは絶対に違う。

 もっと別の、心をざわつかせる何かがその姿にはあった。


 それがダークエルフの言葉で確信に変わる。


「――ティト、なの?」


「――ウォォウウ」


 悲しげに鳴く紫の鬼。やがて、黒い鎖の中に戒められていたその体が、ふっと収縮したかと思うと、見知った男の姿に変わった。

 逞しい上腕にもたれがいのある厚い胸板。どこか田舎臭い感じのする顔つきに、顎先にそり残しとして残った無精ひげ。


 肌色の人の形に戻ったその鬼は間違いなく、彼女の知る人物であった。

 いや、彼女が愛している人物であった。


「ティト!!」


「――見ないでくれ、モーラさん。こんな俺を」


 男戦士はそう言って顔を女エルフから逸らした。


 情けないその自分の姿を。

 鬼である自分を。

 彼女に知られたくない。

 知られたくなかった。

 そんな想いが、彼にしては珍しい細るような声色から、それとなく察せられた。


 ついでに、さりげなく乳首を二の腕で隠し、ち○こを手で隠した。

 腋毛の処理もしていなかったので、キュッと脇を引き締めた。

 もちろん下の毛などは、もっさもっさのふっさふっさである。隠しようのないそれだが、内腿をきゅっとすり合わせて、なんとか角度的に最小限はみ出るくらいに、精一杯男戦士は頑張った。


 そう、男戦士は全裸であった。

 もうどうしようもないくらいに全裸であった。


 この手の変身モノのお約束。自分の何倍もの体積もある化け物に変身すれば、よっぽどのご都合主義でもない限り、元来ていた服などぼろぼろになるのが当たり前だ。

 変身しなくたって、気合で上着がはじけて、七つの星が飛び出ることだってあるのだから、これはもうどうしようもないことなのだ。


「いや、見ないで、モーラさん。アタシのこんな姿、お願いだから」


「って、そういう話の流れじゃないでしょ!!」


 シリアスムードから一転、いつものアホさ加減をいかんなく発揮した男戦士。

 見られたくないのは鬼に変身した自分ではなく全裸の自分とはこれいかに。


「というか、普段下ネタさんざんやっといて、今更かよ!!」


「心構えがあるんだよ、男にも!! 見られると思って見せるのと、不意を突かれて見られるのとでは、精神的なダメージが違うんだ!!」


「――あぁもう、ちょっとでもシリアスモードで心配した私がバカみたいじゃない!!」


 ほら、これを着ろ、と、魔法で男戦士の予備の服を取り出して見せる女エルフ。

 流石だなどエルフさん、さすがだ、と、本当に感心した口ぶりでいう彼に、女エルフは構わず盛大な溜息を洩らした。


「心配して損した。やっぱ何があっても治らないのね、あんたの色ボケ脳は」


「失礼な。真昼間から女性を前にして、堂々とおちん○ん晒すほど、俺は落ちぶれちゃいない。いや、誤解なきように補足するが、おちん○んだって、落ちぶれてやいないんだ。見せられないが、どうしても見たいというのなら見せたっていい」


「そういうやりとりが損した気分にさせるから、やめいと言うとるんじゃい!!」


「――貴方たち、話が進まないから痴話喧嘩はほどほどにしてくれる?」


 二人のギャグムードに、ダークエルフも流石に表情を曇らせて言葉を放った。

 なんか、いかにも黒幕という感じで、満を持して登場したというのに、この扱いの軽さはなんなのだろうか。そんな不満感が顔に現れている。


 仕方ない、それは仕方ないのだ。

 この二人が揃ったら、どんだけ場が正統派王道ファンタジーのクライマックス的なタイミングでも、シモイ方向に行ってしまうのだから。

 そういう二人なのだから。


「こういうとき、どう言えばいいか知ってるかモーラさん」


「知らないわよ」


「うーん、まいっ○んぐ」


「まいっとるのはこっちだ、このアホ戦士!! 人の心配を返せ!!」


「だーかーらー、痴話喧嘩は後にしてって言ってるじゃないですか」


「危ない!! 君、それ以上近づくのは危険だ!!」


「何が」


「いくら俺でも、同時に、二人の女性から局部を隠しつつ、健全な絵面を維持する能力は持ち合わせていない!! つまり、どちらかが、俺の落ちぶれていないものを直視することになってしまう!!」


「んなもん、どうでもいいわぁい!!」


「どうでもよくないっ!! 三十代のおちん○んの落ち着きぶりを、モーラさんは知らないのか!?」


「知りたくもないし、知ろうとも思わんし、聞きたくもないわ!! そんな話!!」


 誰も悪くない、悪くないのだ。

 悪いとすれば、男戦士の頭が悪い。知能のステータスの値が悪い、それだけだった。


「ふっ、ここまでのシリアスな流れを一気にぶち破って、エロネタに持っていくとは。流石だなどエルフさん、さすがだ」


「いいから、早く、服を着なさい服を!!」

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