第165話 どエルフさんと下着の謎
【前回のあらすじ】
女王陛下の命により、正式に処刑が言い渡された男戦士とヨシヲ。
はたして彼らの命運やいかに。
◇ ◇ ◇ ◇
女王の私室での捕り物から数刻。
女エルフの一行と王女、そして、船長たちは、再び王女の執務室へと戻ってきていた。ふぅ、と、部屋に入るなりためいきをついたのは、この部屋の主である。
「相変わらず、ヒステリックだな、あの婆さんは」
「昔は、あそこまで男性を毛嫌いしてはいなかったのですが。やはり、お歳を召されてすこしボケられたのかもしれません」
「はたして本当にそうかしら」
いつものこと、という感じに談笑していた船長と王女。しかしながら、そこに一石を投じたのは女エルフである。
どういうことですかお姉さまと、すぐに王女が彼女へと近寄る。
その顔色は姉と慕う女エルフの真意を図りかねるように歪んでいた。同様の顔をしているのは女エルフの朋友ともいうべき女修道士だ。
「モーラさん、先ほど、あの下着を見た瞬間にどういうものか言い当てましたが。まさか」
「えぇ、そのまさかよ――おそらく、あの下着が原因で女王陛下は精神に異常をきたしていると考えられるわ」
「だぞ!? けど、女王陛下はあの下着を装備してなかったんだぞ!! 呪われた装備アイテムなら、着けたら一生外れなくなるのが普通なんだぞ――」
そう普通だったらね、と、女エルフ。
彼女はワンコ教授の素朴な疑問をなんでもないように返した。
普通ではない装備とはいったい何なのか。
この場でそれについて心当たりのある者はいないらしい、全員が黙り込む中で、ようやく女エルフが重い口を上げた。
「大魔女ペペロペを知っている?」
「知っています。かつて、主神に弓を引いた暗黒神に仕えたという暗黒の巫女。魔界の穴と呼ばれる大洞穴から、暗黒神の眷属である黒き魔物たちを率いて地上へと出てきた侵略者――教会が言う大罪人です」
「だぞ。けど、ペペロペは伝説の中の人物なんだぞ。もう死んじゃってるんだぞ」
「それがいったい女王陛下となんの関係が」
「――大英雄スコティとの七日間にわたる最後の戦い。スコティに首を刎ねられるその最後の最後に、ペペロペは禁断の術を使ったと言われているわ」
「移し身の秘術ですね」
答えたのは女修道士だ。
この国どころか世界をまとめ上げている教会に属している彼女は、その敵対者についてもよく知っている。
話が早いわ、と、女エルフが相槌をうつ。
続いて、なるほどと、得心したように頷いたのはワンコ教授だった。
「だぞ!! その話なら僕も知ってるんだぞ!! ペペロペは往生際の悪いことに、その時自分が身に着けていたものに自分の意識を乗り移らせたんだぞ――」
「その通り」
「そのことについて、教会側が気づいたのは最後の戦が終わってから、百年経ってからのことでした。彼女の遺志を継ぎ、暗黒神を復活させようともくろむ輩が現れて、それでようやくわかったことです」
「後手後手って奴よね。というか、そんな禁術があるなんて、誰も想像していないから、仕方ないといえば仕方ないんだけれど」
「教会も各地に現れるぺぺロペの後継者を倒し、サークレット、マント、指輪、グローブ、ブーツ、マント、そしてレザーメイルまでは回収していたのですが――」
「その残りがまだあったという訳よ」
残りというか、なんというか。
話の真偽はまだ定かではないが、まさか、下着にまでそんなことをするなんて、というものである。
すぐに狼狽えたのは王女だ。
身内の話である、仕方がないが彼女はすぐに女エルフに詰め寄ると、本当なのですかその話は、と、姉と慕う彼女に問うた。
「詳しくあの下着について調べてみないとわからないわ。ただ、男戦士はともかくとして、一緒に混乱していた男は相当な魔法の使い手でしょう」
「えぇ、雷魔法の使い手として、男ながらに恐れられていました」
王女が女エルフの言葉を認める。
なにせ、ヨシヲを捕らえるために、陣頭指揮を執ったのは女王国での治安維持を任されている彼女である。その戦闘能力や素性についてはよく把握している。
そして彼女がそれを認めたのと同時に、女エルフの顔に確信の色が浮かんだ。
「そうであれば、魔力抵抗値は相当に高いはずよ。そんな人間を虜にするのだもの――それくらいの魔法道具としか考えられないわ」
「そんな」
「おそらく、女王陛下はあの下着に常に混乱させられている――いえ、魅入られている状態なんじゃないのかしら」
「なるほど。既に操られているのなら、着脱は自由ということ」
「心当たりはないのエリィ。あのスケベ下着を身に着けるようになってから、お母様の言動がおかしくなったとか、様子がおかしくなったとか」
「――わかりません。そんなこと」
当然、母親の夜の事情なんて知るものではない。
それは親としても隠すものだし、子としても知りたくないものである。
うっすらと王女の瞳に涙が浮かぶ。いい歳をした女性にも関わらず、思わず感情が顔に出てしまったのは、心の底から身内のことを思ってのことだ。
そんな彼女の肩を、姉と呼ばれた女エルフは優しく抱きしめると、大丈夫よとなだめるように優しく叩いた。
「もし、モーラさんの言うことが本当なら、大変なことじゃないですか」
「一国の元首が大魔女に操られてるってことだろ。危険だぜ、そんなの。またこの大陸に、余計な争いの火種をまくつもりかよ」
「もちろんまだ仮説でしかないけれど、たぶん、あり得なくない話よ」
青ざめた顔を突き合わせる、女修道士と船長、そして女エルフ。
これはいよいよ予想外のことになってきたぞ――そう誰もが思った時だ。伝令です、と、彼女たちの部屋に女兵士が駆け込んできた。
「女王陛下よりご伝達です。中央広場にて、不埒なオス二人の処刑の準備ができたとのこと。すぐに第一王女様におかれましては国の警察機関の長として、身支度を整えかけつけられよとのことです」
女エルフの胸の中から飛び出す第一王女。
その顔は、白百合のように蒼白であった。
そしてそれは、彼女と同じくその部屋に居た誰もが同じ。
「――ちょっ、ちょっと待ってください。どういうことです。お母様が勝手にやったのですか!?」
「失礼ながら、王女様にはこの件を任せられぬと、女王様が手ずから差配をいたしました。ささ、早くご準備をお願いいたします」
まだ、男戦士の処刑までに時間はあるだろう、と、踏んでいただけに、女エルフ一行に動揺が走る。
あまりに速い女王の行動は、その怒りからくるものなのだろうか。
なんにせよ、うかうかとしてはいられなくなった。
すっかりと、女エルフから離れた第一王女。
彼女は深呼吸をして、瞼のふちにたまっている涙を手の甲で拭うと、女エルフをまっすぐに見つめた。
「お姉さま、私は支度があります故、これで失礼します。お仲間については、母上があぁ言った以上、あきらめてください」
「そんな!!」
「――ですが、一緒に処刑されるのはレジスタンスの頭領です。彼を助けるべく、おそらく、レジスタンスがなにかしらの行動に出るでしょう」
それと協調しろ。
彼を助けるにはそれしかない。
この国を守らなければならない立場にある彼女ができる、それは精一杯の、オブラートに包んだ姉への助言であった。
◇ ◇ ◇ ◇
城門に背を向けて、王女たちに先んじて広場へと向かう女エルフたち一行。
男戦士を処刑されるとあってか、浮かない顔をする彼女に、さりげなく気遣うように女修道士が並びかける。
こういうとき、どういう声をかければいいのだろう。
そんな感じに悩んで、彼女はふと、いつもの調子――男戦士がいたなら、なるような流れ――で、おどけてみせたのだった。
「しかし、パンツを見ただけで、ペペロペのものだとわかるなんて。流石ですねどエルフさん、さすがです」
「――そんなんじゃないわよ」
しかし、どうして、女エルフの表情は妙に硬かった。
こういう時、周りの空気を察して、わざとおどけてみせる彼女が――。
思いがけないその反応に、
「違うの、そんな深い意味はないのよ。気にしないで」
「いえ、なんというか、滑ってしまったのが、悔しくて。なかなかティトさんのように、うまく弄ることはできませんね」
「うまく弄る必要が、まずないことに気づいてくれないかしら」
けどごめん、ちょっとそういうのに付き合う余裕が、今はないの。
そう言うなり女エルフはその歩幅を広げると、女修道士はもちろんワンコ教授も置いてきぼりにするような速足で、広場へと向かったのだった。
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