第六章 ヨシヲ青い伝説

第155話 ど戦士さんとブルー・ディスティニー

【前回のあらすじ】


 男戦士、ついに捕まる。


 彼を助けんと牢屋のある城へと出向いた女エルフたち。

 しかし、そんな彼女たちを待ち構えていたのは、警察権を握る第一王女エリザベートの思いもがけぬ怒りの所業であった。

 はたして女エルフは男戦士を救うべく、エリザベートと会談を決意する。


====


 一方その頃。


 牢屋にぶち込まれた男戦士は、胡坐をかくとその場でうんうんとうなっていた。


「いったい、何がいけなかったのだろうか」


 全部である。


 エルフが好きすぎるが故に、色々なことが見えなくなるのがこの男の悪い所であるが、まさかそれで身を亡ぼすことになる日が来るとは。

 自分がまさか断頭台にかけられるような状況に追い込まれているとは露も知らず、のんきに男戦士は首を傾げながら、手に巻き付けられた鎖をほどいていた。


 輪の間に南京錠を通されて、ガッチガッチに固められたそれ。

 しかし。


「密かに盗賊スキルを持っているこの俺の敵ではない」


 するりと鎖の間から手を抜いた男戦士は、久しぶりに自由になった手を、ふらりふらりと振る。そうして、何でもない感じで彼は牢屋の中を見渡したのだった。


 薄暗いそこには牢番の姿も見えない。

 廊下に接している面に鉄柵を、横を土壁で隔てられたそこは、なかなか年季の入っている牢屋である。


 こんな所に囚われることになるとは、と、男戦士の顔色が曇る。


「ウィッグが風で飛んでしまったのは痛手だったな。あれがあれば、オークに囚われた熟れ熟れ女エルフ教師ごっこができたというのに。残念だ」


 こんな時でもブレないのは流石は男戦士である。

 と、その時だ。こつりこつりと、隣の棒から、土壁を叩く音がした。


「おい、おい。新入り、返事をしろ」


「――なんだ?」


 牢名主という奴だろうか、と、男戦士がその音の方へと近づく。

 音の出所――おそらく壁の向こう側にその声の主が居るだろう場所――に座り込むと、何の用だと男戦士は臆することなく土壁に声をかけた。


 おっ、おう、と、逆に向こう側が困ったような反応を返す。


「なんの罪で捕まったかは知らないが、ちょうどいいところに入って来たな」


「ちょうどいいところ?」


「あぁそうさ――これから俺がこの牢から脱出しようとしていた矢先にやって来るとは、お前は運がいい。どうやら、この世界の女神さまに愛されているようだ」


「ふむ、愛されるなら五百歳過ぎの爆乳熟女エルフが良いのだが――」


 妙なことを言う奴だな、と、壁の向こうからまた困惑の声。

 万事が万事この調子である。慣れているから、女エルフも女修道士シスターも、ワンコ教授もスルーするが、普通の人間なら当たり前の反応だろう。


 とまぁ、それはもかくとして。

 牢破りとはまたなかなかにパンチの効いた話である。


 ただでさえ眉をしかめる話だ。にもかかわらず、この牢屋の向こうの男は、更にとんでもない提案を、男戦士に投げかけてきた。


「どうだお前、俺に協力しないか?」


「協力?」


「実はな。俺はこうして捕まったふりをして、王城に忍び込んだレジスタンスのリーダーなんだ」


「レジスタンス? すまない、話がまったく見えないのだが――」


「今の女王陛下の治世は間違っている。男たちが蔑ろにされて、迫害こそ受けていないが、社会の隅っこに追いやられる現状をどうにかしたい。そんなことを願って、俺達は集まったのだ。武力によって、この女王とその側近の女たちが治めている国を革命し、男たちの尊厳と居場所を取り戻してみせると」


 ふむ、と、冷静に男の言葉を頭の中で考える男戦士。

 なんともやっかいそうな話ではある。


 息巻いてはいるが、話の展開的には女エルフの小説で読んだ、復讐系の話の筋だ。あまり気のりはしないのは、なんだかんだで、男戦士が両者合意のイチャイチャとした話が好きだからからに他ならない。


「そういう本格的にどエロいのは、ちょっと、躊躇するな」


「なんのことを言っているんだ」


「たぶんきっと、自分たちをないがしろにした女官たちをこう、あはんでうふんなことする展開とかになるんだろうなぁ。ううむ、たまにフィクションでつまみ食いするくらいならば、それもいいエッセンスなんだが」


 なんだかんだで、女エルフと長い付き合いの男戦士。

 そして女エルフの趣味である、その手の本にも造詣が深い彼である。


 復讐系はむなしいことを、彼はよくよく知っているのだ。

 しかしながら、そんな不安を払しょくするように、力強い声が壁の向こうから響く。


「大丈夫だ、革命に際して俺は誰の血も流させない!!」


「むむっ、なんともそれは立派な志」


「無血革命してこそ真に文化的な人類の進歩といえよう。今の王族たちには、ひきさがって貰い、貴族・商人・市民による、合議制の議会を開設し、この国を回していくのだ」


「なるほど、どうやら危ないだけの男ではないようだな」


 しかし、どうやる、と、男戦士が尋ねる。すると壁の向こうで、何やら立ち上がった音がしたかと思うと、「こうやる」という、言葉が小さく響いた。


 次の瞬間。その余韻が、突然に鳴り響いた雷轟にかき消される。


「――かっ、雷魔法!?」


【魔法 雷魔法:比較的習得が難しいことで知られている魔法。エルフでも使いこなすことは難しい、ガチ系魔法である。才能に恵まれた者、とくに、勇者などが使うことが多いが、それ以外にも使える者は多い。パーティに居ると、割と重宝される】


 ぷすぷすと、焼け焦げる匂いと共に、壁の向こう側を移動する男の気配を感じる。

 それは、おそらく雷魔法で破壊された、鉄柵を潜り抜けて廊下へと出ると、男戦士の居る牢を覗き込んできた。


 青いマントをたなびかせ、茶色い髪を揺らしているその男。腰には左右に、ショートソードをぶら下げている。

 顔は良い、そう、男戦士は素直に感じた。


「俺はレジスタンスのリーダー。ひと読んで、ブルー・ディスティニー・ヨシヲ!!」


「ブルー・ディスティニー・ヨシヲ!?」


「青き運命に翻弄されし戦士。そして、この世界に、前世の知識と女神のチートな能力で平和をもたらし、ボインからチッパイ、巨女からロリまで、巨大なハーレム帝国を建国することを約束された転生者――かもしれない男だ!!」


 少し歯切れの悪いセリフをのたまいて、ブルー・ディスティニー・ヨシヲは、男戦士にほほ笑んだのだった。

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