第153話 どエルフさんとど変態野郎さん

【前回のあらすじ】


 港にたちこめる乙女の叫び声。それは、女装した男戦士に気付いてしまったから。

 変態変態変態と、男戦士をののしる言葉が、潮風吹き付ける港に木霊する。はたして男戦士はどうなってしまうのか――。


「だからやめとけと言うのに」


====


 手を握った感触でそれを察したのだろうか。

 船長はエルフィンガー・ティト子を、男だと認めると目が覚めるような大声を上げてうろたえた。

 その光景に男戦士はもちろんのこと海賊たちもぎょと目を剥く。


「ちょっとちょっと、そんな驚かなくてもいいでしょう」


「驚くだろう!! 普通!! どうして男が女の格好しているんだよ、しかも、女エルフの格好してるんだよ!! 趣味か!? そういう趣味なのか!?」


「――あぁ、趣味だ!! これは俺の純粋な趣味だ、何か文句でも!!」


 文句しかないだろう。

 男戦士たちを庇う立場にある女エルフたち。しかし、彼女たちの頭の中を過ったのはそんな救いのない言葉であった。


 堂々と、男の格好をしていればこんなことにはならなかったのだ。

 というかそもそもそれが普通の反応だろう。


「確かに俺は男だ――しかし、今この時、この瞬間だけは、一人の熟女エルフとしてこの場所に居る。この気持ちは、誰にも恥じることのない正真正銘俺の本心だ」


「なに? するとあれか、お前――体は男だけれど、心は女っていう」


「体も心も男に決まっているだろう!! どうしてそれで熟女エルフの格好をするというのだ!!」


 もはやフォローしようのない致命的な言葉に、女エルフたちが固まる。

 ただの変態じゃないか、と、船長の叫ぶ声が港に響いた。


 ふと、その時。

 どたどたと、女エルフたちが背にしている船の入口――港へとおろした板を踏み鳴らして、甲板へと上がってくる者たちが居た。


「何の騒ぎだ!!」


 二人連れ立ってやって来た彼女たちは、チェインメイルに鉄の帽子を被った女たち。見るからに女騎士という感じのその二人は、男戦士と船長を交互に見つめる。


 その時、海からふきつける潮風が男戦士の金髪のウィッグを揺らした。

 はらりと落ちたその金色の髪の代わりに、露わになるのは黒い短髪。


 もはや誰が見ても、それで男と分からぬ者はいないだろう。

 うっすらと白粉が塗られた顔が、太陽光に照らされて怪しく光る。


「へ、変態っ!!」


「違う!! 俺は熟女エルフの格好をして、その心に思いを馳せるただの男だ!!」


「それを変態と言わずになんというのだ――えぇい、抜刀!!」


 女騎士たちは腰に付けていたレイピアを抜くと男戦士へと突き付けた。

 女装をする都合で、鎧やらなにやらをしまっていた男戦士。見たところ、素人に毛が生えた程度の女騎士たちであったが――武器がないのではどうしようもない。


 助けてくれ、と、女エルフに視線を向けるが、ついとその視線を彼女は流した。

 自業自得だろう。言外にそんな空気が、辺りには満ちていた。


 女修道士もワンコ教授も、彼を助けようとはしない。


「くそっ、違うんだ、俺はただ、ただ、女エルフになりたかっただけなんだ!!」


「神妙にお縄につけこの変態!!」


「抵抗するというのなら、こちらも容赦しないぞ!!」


「助けてくれモーラさん!! 同じエルフじゃないか――」


「お前のようなエルフが居るかぁっ!!」


 それは女エルフ渾身の、溜まりに溜まった積年の何やらがどっぷりと詰まった、一喝であった。

 はたしてここに男戦士の命運は尽きた。


 鎖で後ろ手に手を回され、女騎士に蹴られる男戦士。さっさと動けと、まるでもなにもまるっきり罪人扱いされて、船から降ろされる彼を、女エルフは乾いた目で見送ったのだった。


「モーラさん!! お願い、もうしないから!! 助けてぇっ!!」


「いっぺん酷い目にあって反省しろ、このおバカ戦士!!」

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