第113話 どエルフさんとインテリオーク

【種族 インテリジェンスオーク: オークの中でも人間と同等の社会性を持つオーク、または、人間社会で生活しているオーク。肉体労働や冒険者稼業に従事する者が多いが、性格はおおむね温厚な者が多い。顔はエルフで性格はインテリオークとは、この世界のアラサー独身女性が男性に求める夢見がちなステータスである】


「すまねぇだ。受付の嬢ちゃんが話さとりあってくれねえから、ついムキになっちまって。誤解されたのはオラの自業自得じごうじとくだァ」

「いやいやそんな」

「私たちも、オークとみるやすぐに飛びかかったわけですから」

「だぞ。まさかインテリオークだなんて、気がつかなかったんだぞ」


 申しわけねえだ、と、ぺこぺこと頭を下げるオーク男。

 そう言いながらも、コーネリアにくらわされた技の後遺症こういしょうか、少し内また気味になっているのが、男戦士パーティの気をもませた。


 インテリジェンスオークは、かつて人間の手により奴隷化されたオークの末裔まつえいと言われている。長く人間社会で生活してきたおかげで、モンスターとしてのオークが持つ凶暴性が失われた――というよりも、人間側の世界に帰属することにより、彼らが本来持っているおくゆかしく牧歌的な性格が顕現したといわれている――いわば【良いオーク】である。


 すでにはるか昔に彼らは奴隷の立場から脱し、今は数こそ少ないながらもこうして人間たちの社会で普通に生活している。


 とはいえ、その容貌ようぼうからどうしても、ひかれて見られるのは彼らの常だ。


「ほんと、申しわけねえだぁ。なさけねえだ、オラ」

「まぁまぁ、そんな気になさらずに」

「そうですよ。それより、いったい何をそんなにもめてらしたんですか」


 それなのじゃがのう、と、口をはさんだのは冒険者ギルドの受付の狐娘。

 のじゃのじゃと、彼女が出してきたのは、全国のギルドで共通して使われている、依頼の申し込み書類であった。


 そこの主目的に書かれている内容に、男戦士たちはが目を瞬かせる。


「嫁探し?」

「んだぁ」


 オークはこくりこくりと、尻を押さええながらも首をたてに振った。


「のじゃ。冒険者ギルドは結婚相談所じゃないのじゃ、って、断ってたのじゃ。けど、こやつ意外としつこくてのう、食い下がって来て」

「オラ、どうしても同属のオークの娘っ子さ嫁に欲しいんだ。結婚相談所に、オークなんて登録してるわけねえがら」

「なるほど、それでこっちへ」


 それでで、すましちゃうんだ、と、少しあきれた感じに女エルフが言う。

 物分かりがいいのか、単に馬鹿なのか、男戦士はオークの話に納得した感じだった。そんな彼に、おぉ、分かってくれるだかぁ、と、オークが歩み寄る。


「仕事柄、何人かオークの戦士と仕事をしたことがあるが、彼らもよくぼやいていた。インテリジェンスオークは絶対数が少ないから、嫁探しには苦労するんだと」

「親戚や村に女さいると話は楽なんだが、オラっ所は都会暮らしで」

「あら、冒険者とかじゃないんだ?」

「うちは街の役場で代々働いてるだ。街の樹木の管理してるんだよ。大通りの木が植え替えられたべ、あれ、オラとオヤジの仕事なんだべ」


 優良物件ゆうりょうぶっけんじゃないか。

 オークに限ると選り好みしなければ、女どもが放っておかないだろうに、と、女エルフが少しあきれた顔をした。


 しかしまぁ、彼なりにこだわりがあるのだろう。と、すぐに顔を戻す。


「オヤジは、冒険者のオーク友達がいて、その人からおふくろ紹介してもらってたから、オラも冒険者さに頼もうと思って来たんだけんど、どうしていいかわからんねぐて」

「それで冒険者ギルドに、依頼という体で話を持ち込んだという訳か」


 ちなみに報酬は、と、男戦士がオークに尋ねる。

 ぎょっとした顔をしたのは女エルフだ。


 すぐさま、男戦士に駆け寄ると、ちょっと失礼と彼をオークから引き離す。


「まさか受けるんじゃないわよね。ダメよ、絶対に大変よ、こんな話」

「いやしかし、困っている彼を見捨てる訳にも」

「人の恋路をなんとやらよ。ティト、お願いだからやめて。彼にも言ってあげればいいじゃないの。そんな偏屈なこと言わず、人間かエルフ、獣人のお嫁さんをもらいなさいって。きっといい人見つかるわよ」


「オークじゃなきゃ、嫌なんだァ。おら、どうしても、オークがいいんだ」


 男戦士たちの話を盗み聞きしていたのかオークが言う。

 その表情は真剣そのものであった。


 なにか、これは事情があるな、と、女エルフが神妙な顔をする。

 そんな彼女を前に、オークはだってだってと言葉を重ねた。


「だって、だって――。亜人種みたいなちまっこい尻と胸じゃ、オラ、とてもじゃねえけど、満足できねえだ!!」

「おぉっ!!」


 男戦士が感嘆の声をあげる。

 対して、女エルフはずるりと足を滑らせて、その場にしりもちをついた。


「ボンボンボンな女オークがええだぁ。胸も、腹筋も、お尻も、たくましいのがオラの理想なんだ。この理想を譲ることはできねぇ」

「なるほど、君なりのこだわりという奴なんだな。わかるぞ、男にはそういう譲れないものがあるものさ――」

「戦士さん、あんた、話が分かる人だべな」

「もちろんだとも。なんといっても、この俺も、理想の女エルフを求めて、日夜荒野を彷徨さまよう愛の渡り鳥だからな」

「うぁあぁあっ!! カッコいいべぇ!!」


 ほほを赤らめて興奮するオーク。

 その様子をあははは、と、半笑いで見ていた女修道士シスター。ふと、その横を、黒いオーラをまとった女エルフが横切ったのだった。


「結局、お前らは、胸とお尻が大切なんかい」

「モーラさん、モーラさん、落ち着いてください。オークの話ですから」

「世の恵まれない女を代表して、一発くらわしてやらないと気が済まない」

「もうお尻に一本くらってますから、勘弁してあげましょう」


 わっはっは、と、ギルドに響く高笑い。男戦士たちのそれに、女エルフは眉間に皺と血管を浮かび上がらせるのだった。


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