第109話 どエルフさんとセイレーンの泪

【前回のあらすじ】


 エルフ装備専門店は火の車。


====


 男戦士と店主が女エルフの雷撃によって倒れる中、手持無沙汰てもちぶさたなワンコ教授と女修道士シスターはその魔窟まくつともいうべき店内を見て回っていた。


「まぁ、モーラはあぁ言ってたけど、装備のしつについては申し分もうしぶんないんだぞ」

「そうなんですか」

「大陸中からよくこれだけ集めたなってくらい、東西南北、いろんな地方の伝統的でんとうてきなエルフの装備が並んでるんだぞ。ちょっとすごいくらいなんだぞ」


 流石に考古学を専攻しているだけあって、地域的なエルフ文化にも詳しいらしいワンコ教授。

 しげしげと、興味深そうにその装備を眺めていると、ふと、その足が止まった。


「だぞ!?」

「どうしたんですか?」

「こ、これは――西海地方せいかいちほうのエルフ族に伝わる装備そうび!! セイレーンのなみだ!! すごいんだぞ、実物は初めて見るんだぞ!!」


 親指より少し大きいくらいだろうか。

 円錐えんすいの底が丸くなったような形をした水色の宝石を彼女は手に取ってしげしげと見つめた。


 なにがそんなに凄いんだ、と、女エルフと男戦士たちが寄って来る。

 するとおほんと咳払いをしてワンコ教授はそれをみんなの目の前にかざした。


「知っての通り、西海地方せいかいちほう水運業すいうんぎょうが古くから盛んな地域なんだぞ。大陸の海の玄関口げんかんぐちと呼ばれてるんだぞ」

「そうなんだ」

「そういえばモーラさんは西海地方せいかいちほうまでは旅したことなかったっけ」

「東方には帰らずの砂漠さばく、南方には亜人族あじんぞくむ古き森が広がっていますから、必然、海に出るには西海地方せいかいちほうしかないんですよね」


 夏に限っては氷河ひょうがが溶け、北の航路も使えないこともないが、基本は女修道士シスターが言ったとおりである。


 長らく山奥に引きこもっていた女エルフにはなんとも遠い世界の話であり、知らないのはしかたのないことであった。

 それはそれとして。


「で、その西海地方せいかいちほうのエルフの伝統的な装備が、それなわけ?」

「エルフとセイレーン。あまり関係はないように思うんですが」

「いやいや違うんだぞ、エルフとセイレーンには密接みっせつな関係があるんだぞ」


 西海地方せいかいちほうに言ったことがあるティトなら知ってるんだぞ、と、ワンコ教授。

 突然とつぜん話を振られた男戦士がうむとうなずいた。


西海地方せいかいちほうのセイレーン――いわゆる海辺うみべに住まう亜人と森に住まう亜人のエルフには、古くより人間たちがその地に国を造る以前から、交友関係こうゆうかんけいがあったんだ」

「人間たちが西海せいかいに港を造り、船による往来を始めた時、セイレーン族は自分たちのテリトリーに入り込んできた人間を追い返そうと、行き交う船の船員を呪歌じゅかまどわして海に沈めてたくさん殺したんだぞ。それで人間たちは、なんとかできないかと考え、セイレーン族と交友のあったエルフ族に目を付けたんだぞ」


 人間たちは嫌がるエルフを船に乗せ、そして、セイレーンが出てくると彼女たちを海へと突き落とした。

 友人たちを海に突き落とされたセイレーンは、船を襲うことも忘れてそちらの救出へと向かう――こうして人間たちは安全にセイレーンたちが居る海域を抜けることができるようになった。


 しかし。


「基本的に空の生き物であるセイレーンに、海に投げ捨てられたエルフを助けることはできず、西海地方せいかいちほうのエルフ族はそのせいで随分ずいぶんと減ってしまったんだぞ」

「この大陸に伝わるエルフ三大悲劇として、西海エルフ族の大虐殺だいぎゃくさつはしられているな」


 そんなことがあったんですか、と、女修道士シスターが悲しげに目を伏せた。

 自分よりエルフの歴史に詳しい男戦士に少し複雑ふくざつ表情ひょうじょうを浮かべながらも、女エルフも女修道士シスター同様に言葉をなくして視線を地へと向けた。


 そこでだぞ、と、ワンコ教授が二人のそんな暗い表情を察して、少し明るい声をあげた。


「セイレーン族は、友人であるエルフ族に、このセイレーンのなみだと呼ばれる装備品をプレゼントしたんだぞ」

「――どうして?」

「海に投げ込まれないためなんだぞ。セイレーンがいる海域を通るとき、エルフ族は自分の身体の代わりに、この身に着けていたセイレーンのなみだを海に投げ込むんだぞ」

「エルフの魔力が蓄えられたこれは、海に投げ込まれるとセイレーンの呪歌じゅかを相殺する効果を発揮するんだ」

「これにより、エルフが投げ込まれなくても、海を安全に渡れるようになった――ということなんだぞ」


 もっとも、最近は人間族もセイレーン族と和解して、襲われるようなことはなくなったんだけど、と、ワンコ教授が続ける。

 ようはそういう伝統工芸品でんとうこうげいひんということなのだろう。


 ふぅん、と、さきほどまでの暗い表情を少し和らげて、女エルフはワンコ教授が手に持っているそれを、しげしげと見つめた。


「まぁ、普通にアクセサリーとして綺麗きれいよね。値段も宝石買うのと比べたらお手ごろだし、一つもらおうかしら」

「まいどあり!! 加工はどうする? イヤリングにもできるし、ネックレスにもできるけど。指輪にするにはちょっと形があれだが――」


 うぅん、と、エルフ娘が目を閉じて悩む。

 どれが似合うかしら、と、彼女は何気なくパーティメンバーにたずねた。


「だぞ。ブレスレッドとかにするといいんだぞ。いざというとき取り外しやすいのがいいんだぞ」

「髪飾りなんてどうでしょう。ブローチのアクセントにして」


「俺はネックレスかな」

「へぇ、意外にまともなの言って来たわね」

「将来的にモーラさんの胸が大きくなった時に、こう、胸の谷間に挟まってセクシーな感じになるのが」

「うぅん、早くて百年後くらいかしらね。どんな理由よ!!」


 ぺしり、と、男戦士の頭を叩く女エルフ。

 だがしかし、結局のところ、彼女は男戦士の言ったネックレスに加工してもらったのだった。


「べ、別に、一番つけるのが楽そうだったからってだけだからね。勘違かんちがいしないでよ」

「なにを勘違かんちがいするって言うんだい、モーラさん?」


 さっそくネックレスをかけてみせる女エルフと、似合にあってるの言葉の一つも出てこない唐変木とうへんぼくな男戦士。

 二人のやりとりに、こちらの冒険の道のりは遠いな、と、女修道士シスターは一人苦笑いをするのだった。


「ううん、惜しいなぁ。一緒におっぱいも装備できたら、最強なのに」

「――悪かったわねぇ!! ご期待にそえない貧相ひんそうな体で!!」

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