第72話 どエルフさんと大浴場

「ふふっ、どれ、先ほど共に汗を流した仲だ。背中も流してやろうではないか」

「いや、どういう仲よそれ――」


 試合も終わり日も暮れて。

 ここは街はずれにあるちょっと高級な公衆浴場。


 武闘大会のために借り上げられたそこに、男女問わずその参加者は連れてこられ、試合の労をねぎらわれていた。


 のじゃぁ、と、湯船から響いてくる間抜けな声をバックに、女騎士は海綿に石鹸の粉をまぶす。

 なんのかんのと言った女エルフだったが、彼女はそれを素直に受け入れたのだった。


 お湯の流れる水路が通っている浴場の壁。

 それに側面を向けると女エルフは肩を女騎士へとさらけ出した。

 ごしりごしりと、女騎士の手がエルフの白い背中を擦りあげれば、その肌よりももう一つ白い泡がたった。


「いや、しかし、いい試合だった」

「私と貴方はほとんど何もしていなかったけれどもね」

「ティトといったか。君の相棒の男戦士はたいした腕前だな。うちの将軍として推挙したいくらいだ」

「やめといたほうがいいわよ、どうせ、苦労するだけだから」


 大軍を率いている男戦士を想像する女エルフ。

 きっと男も女も、とんでもない装備をしているんだろうな、と、思い至ったところで、彼女は泡と共にその想像を振り払った。


 あの男にそんな大役が務まる訳がない。長い付き合いの彼女は、それをよくよく知っている。


 泡がついたままの手で桶を取ると、それを横の水路につっこんでお湯を掬う。

 女騎士が肩からやさしくそれをエルフ女へとかけると、ふぅう、と、彼女はなまめかしい声を吐いたのだった。


 とはいえ、胸も尻もない、つるぺたすってんどんが二人してでは、ありがたみもあったものではないが。


「――なんだろう、何かとても失礼なことを、今、言われた気がする」

「――あぁ、思わず、殺されたくなってしまったぞ」


 と、そんな二人の横を、周囲をやけに丁寧に伺いながら、心もとない感じで歩いていく人影が。


 なにを隠そう、胸を隠そう、それは勇者のパートナー。

 引っ込み思案なエルフの少女であった。


「――あいて!!」


 そんな彼女はなんとも器用なことに、かかとの角質とりにと置いてあった軽石にけつまずいて、その場に前のめりに転ぶ。

 あわてて、大丈夫、と、駆け寄ったのは女エルフと女騎士であった。


「危なっかしいわねぇ。大丈夫?」

「あ、はい、ありがとうございます」

「盛大に前のめりに倒れた気がするが、怪我はなかったか?」

「えぇ、なんとか、これがクッションになってくれて――」


 そう言って、彼女が自分の胸へと視線を向ける。


 少女の小柄な体に不釣り合いな、たわわに実った果実が、みずみずしくぷるりんと揺れた。


 途端。


「「くっ、殺せ!!」」


 女騎士と女エルフは、そんな断末魔と共に血を吐いたのだった。

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