第73話 ど戦士さんと大欲情
「背中、流し終わりましたァ――」
「あぁ、次はティトの番だァ――」
なぜだか顔を斜め四十五度に傾け目を閉じた暗黒騎士。
その背中を同じような顔をして流している男戦士。
たいそう気持ちの悪い濃ゆい男たちの空間に、浴場に居た者たちが一様に苦い顔をする。試合後、尊敬の眼差しを男戦士に向けていた少年従士も、知らん顔をしてさっさと湯船に入ってしまった。
「いやしかし、こうして風呂に入って裸の付き合いをすることになるとは」
「ふっ、下半身の付き合いは昨日すましたがな」
「違いない」
どんな付き合いだと、風呂に入っているのに血の気が引く。
繰り出される男戦士と暗黒騎士の薔薇空間に、しばし、辺りは包まれたのだった。
「ところでシュラトよ? お前はなんで大会に?」
「うん。あぁ、そうだなぁ――ちょっと、こちらの大陸の戦士たちの実力というのを把握しておきたくてな」
こちらの大陸、ということは、暗黒騎士は海の向こうからやってきたのか。
なるほど確かにこの辺りでは見ない顔のつくりと思ったが。
どうした、と、恥ずかしそうに笑う暗黒騎士。
無愛想かと思いきや意外と表情の多い彼と、すっかり男戦士は打ち解けていた。
長らく流浪の旅を続けている彼にとって、共に居て心休まる友というのは中々に少ない。それでいて、自分と同じく剣をたしなみ、そして、同じくらいの実力を持ったものとなると――いわずもがなというものだろう。
「どうだこの国の戦士たちは」
「なかなか粒ぞろいだ。ただ、私の相手になるだろう人間は――」
男戦士、そして、ひとり仏頂面で湯船に浸かる少年勇者を彼は見る。
一瞬だが、そんな暗黒騎士の顔が、殺気をはらんだことにティトは気づいた。
同様に勇者もまたその気配に気が付き、男戦士たちの方を向く。
なにかようか。
そう言いたげな眼を投げかけてくる少年から、ふっ、と、いつもの調子で息を吐くと、暗黒騎士はティトの背中へと視線を向けたのだった。
「そういうお前はティト。見たところ、冒険者か傭兵といった感じだが、どうしてそれだけの腕前がありながら士官をしない」
「それを聞くか、友よ」
あまり言いたくないという感じに男戦士は下を向く。
三十歳ちょっとまで生きてくれば、人間だれしも何かしらの傷がある。
物理的にも、その人生にも。
背中の古傷を擦り上げながら、暗黒騎士は、すまない、と、男戦士に言った。
気心を通じた仲とはいってもやはりそこには、触れてほしくない物もあるのだ。
「なに、たいした理由ではないのだ。気にしないでくれ」
「よければ、俺からお前を推挙することもできるが」
「遠慮しておこう。これで結構、今の暮らしというものも、悪くはないなと思っているのだ」
女エルフが居て、
彼女たちに囲まれて、やいのやいのと過ごす日々を、なんだかんだで、男戦士は気に入っていたのだ。
まだ、引退するには早い歳である。
五十を越えて、オークの群れを退治する男戦士だっているのだ、まだしばらく、この仕事は続けられる、と、男戦士は思っていた。
「だが、私のことを高く評価してくれたのは、嬉しく思うぞ、友よ」
「ふっ、当たり前だろう、メチャデッカー!!」
「そうだな、オニーチャンスキスキーよ!!」
ぐっと、手を握りしめ、肩を抱きしめ合う二人。
上気して赤らんだその頬とあいまって、なんというか、背徳的なことをしているようにしか見えないそれに、多くの入湯者がそそくさと浴場を後にした。
『くっ、殺せ!!』
「なんだモーラさん、またおっぱいに負けたのか――」
ふと隣の浴室から聞こえてくる女エルフの叫び声、それを笑いながら、二人は泡を落とすと湯船へとあらためて浸かるのだった。
「あっ、あぁん」
「きっ、きもちいい」
「あんたら、静かに風呂に入れないのかよ」
迷惑そうに少年勇者が言ったその前で、男戦士と暗黒騎士は上を向いて唇をすぼめたのだった。
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