第65話 どエルフさんと眉唾

 武闘大会に参加した男戦士と女エルフ。

 その試合は初戦から熾烈を極めた。


「のじゃ!! 相手にとって不足はないのじゃ!!」

「旅の途中で出会った、自称グルカ兵のおっちゃんにならった護身術、ここで見せてくれるぜ!!」


 一回戦。ギルド受付ののじゃのじゃ狐と無愛想男との戦い。


 見たところ戦闘能力は高くないと踏んでいたのだが、これがなんとも大誤算。

 狐娘は奇術の使い手で、男戦士と女エルフをこれでもかとステージで惑わしてきたのだ。

 狐娘と無愛想男の幻影を追っているうちに、いつの間にか背後に回り込まれて不意打ちを喰らう。そこは歴戦の兵である男戦士と女エルフ、決定打を追うことこそなかったものの、徐々にペースを向こう側に握られていった。


「ティト!! このままじゃらちがあかないわ!!」

「それはそうだがモーラさん。この幻術を解かないことには――」


 何か手はないか、と、女エルフに背中を預けながら、男戦士が瞳を閉じる。

 正面から切りかかった無愛想男の剣を払ってかわすと、そうだ、と、男戦士は声をあげた。


「東の国の幻術破りの技として、眉に唾を塗るというものがある」

「唾を!?」


 女エルフが驚いて目を剥いた。

 本当なのという表情で男戦士を見る彼女。それを男戦士はまっすぐに見つめ返して応えてみせた。


 普段ふざけたことを言う男戦士。

 しかしこと勝負の場に置いて、彼がそういう悪ふざけをすることは少ない。今回の大会についても、やるからには全力でと言っていたことを、女エルフは思い出した。


「本気で言っているのね」

「あぁ」

「けど、少し、それをするのは恥ずかしいわ」

「どうして?」


 どうしてって、と、エルフ娘は顔を真赤にして俯く。


 彼女は想像してしまったのだ。

 どうやって唾を自分の眉へと塗りつけるか、その方法を、具体的に。


 そして、どこをどう考えてもそれは、、彼女に思えなかったのだ。


「ティト、やっぱり他の方法にしない? 私、まだ、そういう経験ないし」

「何を怖気づいているんだ。唾を眉に塗るくらいで」


 目を伏せて、女エルフはぐっと胸元を押さえる。

 彼女としてもこの相棒の気持はくんでやりたいのだ。しかし、どうにも躊躇してしまうのは、やはり想像してしまったその行為の光景が、脳裏を離れないからだ。


 しかし、そうも言ってはいられない。


 幻影の中から繰り出された、狐娘の火炎攻撃。

 それを風をぶつけて霧散させると、女エルフは静かに一度深呼吸した。


「――私で、いいの?」


 自分なんかが彼にそんなことをしていいのか。

 女エルフは声を震わせて、身体を震わせて、そして視線を男戦士に向けて、それを訪ねたのだ。


 どんなに長く一緒に居る相棒と言っても、越えてはならない部分がある。

 これはそれを越える行為だ、と、彼女は感じたのだ。


「いいも何もないだろう」

「本当にいいのね? 後悔しない?」

「何を後悔するっていうんだ」


 そうきっぱり言われると、と、また女エルフが眼を伏せる。

 だが、再びその瞳が男戦士の方を向くのに、さきほどのような長い時間はかからなかった。


「分かった。やるわ」

「そうこなくては」

「じゃぁ、眼を閉じてくれる、恥ずかしいから――」


 そう言って男戦士の額に顔を近づけようとする女エルフ。


 その前で。


「ぺろり。こうして、指に唾を付けて眉に塗りたくるんだ。ほら、モーラさんも」


 男戦士はいとも簡単に、女エルフが悶に悶た、その恥ずかしい行為の解決方法を提示してみせたのだった。


 あぁ、あれ、そうか、それでいいのか、と、女エルフが唖然とする。


「どうしたんだモーラさん。そんなボケっとしていたら、いい的だぞ」

「えっ、あぁ、うん、そうだね」

「もしかして試合中にどスケベなことでも考えてたのか!! たのむよ、いくら君がどエルフさんだからといって、試合くらいは集中してくれ!!」

「あぁ、うん、ごめんね、どエルフで――」


 女エルフはそう言って、死んだ魚のような眼をしながら、自分の眉毛に自分の唾を塗ったのだった。

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