第50話 どエルフさんと寝巻き

 宿屋にやってきた男戦士たち。

 四人で泊まるには部屋が足りないということで、エルフ娘と女修道士シスターの、どちらかが酒場で寝ることとなった。


「しかたありませんね。そういうことなら、私が酒場で寝ることにしましょう」


 激しい譲り合いの結果、女修道士シスターが引き下がることで、話は一応の決着を見た。


「さて、酒場の人たちに、愛を語ってあげねば」


 必要もないのに、愛用の野太い杖を持っていく女修道士。

 はたして、何人の命知らずが、彼女に神の愛を注入されるのだろうか。


 男戦士と女エルフは去っていく女修道士の背中にみぶるいした。


「さぁ、明日も早いんだぞ。さっさと寝るんだぞ」


 とてとてと床を踏み鳴らして階段前へと移動したワンコ教授。

 もう夜だというのに、激しく尻尾を振って、随分興奮している様子だ。


 さきほどまでのやり取りを忘れてほほえましい表情を浮べる男戦士と女エルフ。

 はいはい、そうしましょう、と、女エルフがすぐに彼女に続いた。


「おっ、言ってるほど狭くもないんだぞ」

「けどまぁ、最低限着替えるとこくらいしかスペースない感じね」

「着替え!? モーラさん、そんな、俺が居るというのに、大胆な――」


 するわけないでしょう、と、男戦士の顔面に目潰しを食らわす。

 のた打ち回る男戦士を摘み上げると女エルフは彼を廊下にほっぽり出した。


「さぁ、スケベがいないうちに着替えちゃいましょう」


 そう言って、女エルフとワンコ教授は、宿屋の主人から借りた、ポンチョタイプの寝巻きへと着替えた。


 もこもことした綿製のそれは、大人びた女エルフには少しファンシーに過ぎるものだった。

 対して、ワンコ教授には、その小柄な身体によく似合っていた。


「わはっ、思ったより肌触りがいいんだぞ」

「本当ね」


(そしてよく似合っているわね)


 もし自分に絵心があれば、この情景を絵画に残して保存するのに。

 ベッドに飛び乗り無邪気に跳ね回るワンコ教授を眺めながら、女エルフは思った。


 そんなほんわかとした部屋の中に、こつり、こつり、と、ノックの音が響く。

 どうやら男戦士が視界を取り戻したらしい。


「はいはい、もう着替えましたよ、入ってどうぞ」


 男戦士に入室の許可を出した女エルフ。

 しかし、入ってきたのは、彼の腕だけだった。


「も、モーラさん、すまない。寝巻きを渡してくれないか」

「? どうしたのよティト。入ってくればいいじゃない」

「いや、その――裸を見られたくないのなら、見たくもないのかと思って、な」


 そう言った、男戦士の腕は、いつもより肌色の占める面積が多い。


 まさか、な、と、思ったとき。


「きゃぁああああっ!!!」

「へ、変態だぁああああっ!!!」


 廊下から突然、そんな声が聞こえてきた。


「ほら、早く、モーラさん、寝巻きを渡すんだ!! さぁ!!」

「ちょっとティト!? あんた、その扉の向こうで何してんのよ!?」

「着替えてるんだよ、分からないのか!?」

「分からないわよその発想が!!」


 なんだなんだ、と、扉の向こうで声がする。扉を開ける音もする。

 次々にあがる甲高い悲鳴。


 突然に起こった燦燦たる状況に女エルフは頭を抱えた。


「ちがう、これは違うんです!! 俺は変態なんかじゃない!!」

「いやどう見たってそれじゃ変態でしょティト」


「これは、これはそう――パーティのエルフに言われてやっただけなんだ!! 彼女がとってもその、どエルフだから!!」

「人のせいにしないでよ!!」


 ぴたり、と、止む、ざわめきの音。

 静寂が辺りを支配する。

 男のあんまりな言い訳に、流石に場が凍りついたのかと、女エルフが思ったのもつかの間。彼女の細長い耳に届いてきたのは、信じ難い台詞であった。


「なんだ、どエルフが仲間にいるのか」

「どエルフがいるなら、仕方のない話だな」

「どエルフ族はプレイが過激だから」

「やだ、どエルフなんて、本当に居るんだ。都市伝説だと思った」


 興味を失った、あるいは納得した感じで、自分たちの部屋へと戻っていったらしい、他の宿泊者たち。

 取り残された男戦士と女戦士は、あっけにとられてしばらく動けなくなった。


「なんということだ――。咄嗟に口から出たでまかせが、こうもすんなりと受け入れられるなんて!!」

「なんでそれで納得するのよ。納得いかないでしょ、こんなの――」


「これがどエルフの力だというのか。流石だなどエルフさん、さすがだ」

「――納得いかない!!」

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