第44話 どエルフさんと夜営
「ティト、ココアが入ったわよ」
たき火を前にして座り込んでいる、男戦士の横に女エルフはマグカップを置く。
彼女はその隣に腰掛けると、男戦士と同じ形、しかしながら赤色をしたマグカップを手にして、静かに夜空を見上げた。
ここは砂漠を移動する遺跡、ロランのはずれにある望楼の下である。
大豪商の館跡にあった地下通路の探索を終えた彼らが、再び地上に出てくると、すでにそこはとっぷりと夜に浸かっていた。
夜の砂漠を行軍するのは危険だ。
歴戦の兵である男戦士の判断により、パーティはこの悲しき思い出のある遺跡に夜営することにしたのだ。
ワンコ教授と女修道士は、とっとと遺跡の中へと入って寝てしまった。
今頃は川の字になって眠っていることだろう。
そこに入りそこねた、古なじみの二人だけが、たき火を前にしてしばし眠れない夜を過ごしていた。
女エルフが渡したココアを手に取り口につける男戦士。
「どう。おいしい?」
「モーラさんも、だいぶココアを入れるのが上手くなったな」
「でしょう。最近はちゃんとダマにならないように、ココアパウダーを溶かせるんだから」
たわいもない会話と共に笑顔を見せた男戦士。
いつもと変わらない彼の穏やかな表情に、女エルフは少なからず安堵した。
そうして彼女は自分のマグカップに口をつける。
満点の星空が二人の視界を覆っていた。
ロマンチックに音楽でもながれてきそうな状況だが、二人の間に流れるのは沈黙と風の音だけである。
ふぅ、とマグカップの中の、チョコレート色の液体に息を吹きかけて、エルフは隣に座る相棒を見る。
つかれた背中。
悲しく孤独な背中。
永らく苦楽を共にしてきた仲間のそんな姿を、女エルフは見過ごせなかった。
「貴方のせいじゃないわ、ティト」
「モーラさん」
「貴方ばかりが辛い思いを背負う必要なんてないのよ。あれは私たちチームの決断。貴方が気にすることではないわ」
しかし、と、男戦士は俯く。
夜風にたき火の炎が揺らめいている。
雲ひとつなき星空に、流星が瞬いては消えていく。
「けれども、俺が、俺があの時、あんなことをしなければ――」
その下で、男戦士はじっと自らの手を見つめると、後悔のセリフとともにその瞼を下したのだった。
男戦士の名前を呼んで、距離を詰めた女エルフ。
震えている彼の肩を抱くと、もう、もういいのよ、と、優しくその耳元で彼女はつぶやく。
「――いいことなどあるものか」
男戦士は手にしていたココアの入ったマグカップを脇に置いて立ち上がった。
深呼吸、そして。
「くっそぉおおおおおおっ!!!!」
夜空に男戦士の悲しき雄たけび響き渡った。
それは、今日、自分がしてしまったことへの後悔と罪の意識から、堪えきれずに発せられたものだった。
この叫びに答える言葉を女エルフは知らない――。
なぜなら。
「なんで、なんでなんだ!! 六つあるなら、一つくらい揉ませてくれたって、別に構わないじゃないかぁあああっ!!」
あんまりに、その怒りの内容が、馬鹿げに馬鹿げていたからだ。
「ティト、数の問題じゃないのよ!! そこは!!」
「うぁあああっ!! くそう、俺は、俺はあの時、なんていえば、おっぱいが揉めたんだぁあああっ!!」
「どこをどうやったって、あの状況からその展開には持っていけないわよ!!」
うるさいんだぞ、と、建物の中からひょっこり顔を出す、ワンコ教授。
しーっ、と、指を口の前に立てて、こちらを見ている女修道士。
そんな彼女たちの影に隠れて、おどおどと、こちらに顔を向けているのは、アルビノの牛乙女――神聖生物のクダンであった。
「このどスケベティト!! まだクダンちゃんが怖がってるんだから、静かにしてるんだぞ!!」
「ティトさん。おっぱい一つ揉めないくらいでなんです。赤ちゃんですか」
「これだよ、みんな、その一件から、俺のことをなんかよそよそしい目で見てくるし!! どうなってるんだ!!」
「まぁ、自業自得という奴かしらね――」
なんでだぁ、と、叫ぶ男戦士。
なんで理由が分からないんだ、と、こっちが聞きたいくらいよ。
女エルフがさめざめとした顔でため息を吐く。
自らを殺すようにと懇願したクダン。
しかしながら、そこはこのどスケベ男戦士、頼んだ相手が悪かった。
そこまでの流れを軽やかに無視してみせると、こともあろうに、上のような懇願をして、一気にシリアスなムードをぶち壊したのだ。
おかげで、殺す殺さない、死ぬ死なない、など言っている場合ではなくなった。
揉ませてくれと頭を血に擦り付けてまで懇願するアホ戦士に、ついにはクダンは泣き出してしまい、そんな彼女を慰めるうちに、なんとか自殺を思いとどまってくれた、という次第である。
ませにエロは世界を救う。
男戦士のスケベ心が、一人の少女の命を救ったのだ。
彼自身は、まったく救われていないが。
「ほら、気にしないで寝てしまおう。明日は早いんだぞ」
「ティトさん、モーラさん、ほどほどにしておいてくださいね」
「お、おやすみなさい――」
よそよそしく遺跡の中へと戻っていく三人。
そんな三人を見送って、女エルフは男戦士の肩をやさしくたたいた。
「まぁいいじゃない。あなたのそれで、あの娘が思いとどまってくれたんだから」
「うぅっ、モーラさん。君だけだ、俺にそんなやさしい言葉をかけてくれるのは」
「まぁ長い付き合いだからね」
「うぅっ、しかしおっぱいのないモーラさんでは、心の傷は満たせても、体の」
「おい!! しばきたおすぞ、エロ戦士!! おい!!」
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