第42話 どエルフさんと遺跡の謎

「どうやらさっきの鳴き声の主は、このミノタウロスだったようだな」

「強敵――随分と立派なモノをお持ちな方でした」

「角の話よね――コーネリア!?」


 子供もいるんだし、あんまりそういうきわどい台詞はひかえなさいな、と、女エルフが女修道士シスターにつっこむ。

 気を使われたワンコ教授はといえば、ふむふむ、と、なんだか物珍し気に、ミノタウロスの骸を眺めている。


 何かあるのか、と、尋ねた男戦士。

 興味深いことが分かったぞ、と、狗族の娘はにやりと微笑むと、ミノタウロスのうなじを指さした。


 そこには金色をした後ろ髪だろうか、それが三つ編みで編み込まれている。


「これは?」

「運命の神への供物に施される礼装だぞ。乙女の金毛を結わえた雄牛を天に捧げて、加護を求めるという古いまじないなんだ」

「なんだか野蛮な風習だな」

「けど、妙じゃないそれって。そのミノタウロスの背からは直接生えているように見えるけど」


 そもそも、そんな儀式を行う奴が、この遺跡にほかに居るっていうの。

 女エルフが納得いかない感じでワンコ教授へと食い掛かる。


 そういう風に質問を受けるのは慣れているのか、ワンコ教授は、まぁ落ち着いてと、エルフ娘をなだめた。


「そここそが最大のミソなんだぞ。みんな、ミノタウロスの、平均寿命は知っているか?」

「だいたい人間の齢で二十歳程度と聞いたことがあるが」

「そうだ。しかし、それはモンスターのミノタウロスの話――その種の名前の元となった、神聖生物ミノタウロスには本来寿命がないんだ」


 神聖生物ミノタウロス。

 それは男戦士たちもよく知る神話の中に登場する、牛の頭恐ろしい怪力を持った、神が遣わした神獣である。


 伝説によれば、神への供物としてささげられた牡牛より変化したとされるそれは、一国に繁栄をもたらす一方で生娘を生贄として欲し、最後には呪いにより国を滅ぼしたという。


「すると、ここロランは、その伝説の舞台となった土地」

「いや、この遺跡がまだ都市機能を有していた年代は、その伝説よりも遥かに後の時代だぞ」

「つまり?」


 せかすように尋ねた女修道士。

 そんな彼らの会話を邪魔するように、突然、かつり、と、何者かの足音が暗い闇の中に響いた。


 それは戦士たちの仲間が発したものではない。

 では、いったい誰が。


 暗闇の中へと目を凝らす四人。夜目が利く、ワンコ教授があそこだ、と、指さした先に、それは現れた。


「兄様。どうなされたのですか。返事をしてください、兄様」


 ミノタウロスが出てきた穴の中。

 壁沿いに伝うようにして出てきたのは、白い髪、白い肌、白い瞳、そして白いドレスをまとった、アルビノの少女。

 ただし彼女の頭には、先ほどのミノタウロスに勝るとも劣らない角。

 そしてそのドレスの中のふくらみは、人のものと異なって、六つの房が左右に二列になってぶら下がってできていた。


 牛の亜人。しかし、どう見ても、それはミノタウロスではない。


「血の、臭い――兄様、まさか!!」


 取り乱す少女。目が見えないのだろうか、穴から出るなりに、足元を崩してその場に倒れこんだ彼女に、男戦士たちは駆け寄った。


「兄様の臭いではない!? 誰!? いったい、誰なんですか!?」

「すまない、俺たちはこの地下通路に迷い込んだ冒険者だ」

「冒険者? では、もしかして、兄様は――」


 すまない、と、男戦士がもう一度謝る。

 激昂して殴りかかってくるか、と、思いきや、そうですか、と、静かに答えたそのアルビノの少女は、ほろり、涙を一滴流した。


 そんな彼女をまた、しげしげと眺めるワンコ教授。

 彼女はわなわなとなんだか信じられないものでも見るような手振りで、彼女の髪を触ると、おぉ、と、なにやら意味深な息を吐いた。


「どうしたのよ」

「これは大発見だぞ。ようやく、この遺跡が滅んだ謎が分かったんだぞ」

「分かった?」

「この娘が何か関係しているんでしょうか?」


 一同の視線が集まる中、光の映らない瞳をこちらへと向けるアルビノの少女。

 彼女はからりとドレスの裾についた鈴を鳴らすと、頬を濡らした涙をぬぐった。


「君は神代の叡智を現代をつなぐもの――神聖生物クダンだね?」


 こくり、と、うなづく白い牝牛の乙女。

 やっぱり、と、叫ぶや、ワンコ教授は大発見だ、と、洞窟に響く大声で叫んだのだった。


「神聖生物クダン?」

「聞いたことがある。なんでも、ミノタウロスと逆で、牛の体に人間の頭をもって生まれる生命体で、尋ねる者に知恵を授けるという」

「そうだぞ。神と人間の橋渡し役として、ミノタウロスと同じく神より遣わされた神聖生物だぞ」


 しかしどうしてそんな生物がこの隠し通路の中に二体も存在しているのか。

 いや、違う――存在しているのではない。


「もしかして、この神聖生物を、この隠し通路の中に隠していた?」

「そういうことだぞ!!」

「けど、伝説の時代と、この遺跡があった時代は違うんでしょう!? だったら、この神聖生物は、どういう」


 伝説を元に新たに造り上げたのさ、と、ワンコ教授が言う。


「おそらく何かしらの秘術を使って、彼らを再びこの世界に顕現させたんだ。そうしてクダンより得た祝福と知識で、この都市は栄えた」


 けれども、と、アルビノの少女が続ける。

 ここから先は私の口から話しますわ、と、彼女は寂し気に笑って言った。

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