第36話 どエルフさんと肖像画

「あら、立派な肖像画が」

「時代を感じる絵ですね。名のある絵師の手によるものでしょうか」

「それに触っちゃいけないんだぞ!!」


 額の中で花瓶に水を注いでいた女が急に牙を剥いた。

 かと思えば、にゅるりとその中から手を伸ばし、持っているポットを振りかぶる。


 勢いよく上段から振り下ろされたポットは、エルフ娘をめがけて落ちる。

 半歩後ろに退いたエルフ娘。


 その胸を、すっと、絵画女のポットがかすめていく。


「#▽!%&@””~’#-!?」

「――なんて言ってるの?」

「なんて回避力の高い胸なんだって、古代語で言っているぞ」


 余計なお世話よ、と、火炎球を繰り出すエルフ娘。

 直撃した絵画からでてきた女は、でろでろと炎で溶けると廊下の染みと化した。


 ふぅ、と、息をつくエルフ娘。大丈夫かと駆け付けた男戦士がその手を取ると、気が緩んだのかそっとその肩に体を預けた。


「あれは?」

「動く絵画だぞ。人の形をしたものが、長い年月を経てモンスターと化したんだ」

「比較的新しいダンジョンによくみられるモンスターだな」

「ここは豪商の館だから、他にもいっぱいいるだろう。みんな、気を付けるんだぞ」


 そう言って、ワンコ教授はランタンの向きを変えた。


 前方には大きな両開きの扉。

 今いる間が応接間、続いているその部屋は、どうやら食堂らしい。

 食堂ともなれば、きっとここよりも多くの絵画が飾られているはず。男戦士たちの得物を握りしめる手に力が入る。


 いくぞ、と、男戦士が声をかけて扉を開いた。


「あらぁ」

「すごいわね――なんで裸婦の絵ばっかり」


 びっしりと壁に飾られている絵画には、どれもこれも裸の女が。

 横たわっていたり、振り返っていたり、かがんでいたり、水面に漂っていたり。


 それはもう蠱惑的な空気がむんむんとしている。


「おおぉう、すごいな」

「ガン見しないの」

「ケティ、この絵画たちは動くのか――」


 う、うん、ちょっと待て、と、顔を赤らめてあたりを見回すワンコ教授。


「大丈夫みたいだ。どうやら、扉に閉ざされて外界と隔離されていたおかげで、モンスター化を免れたみたいだぞ」


 安堵の吐息を漏らしたのは女性陣。


「よかった。こんなんが何体も出て来たら、どうしようかと思ったわよ」

「目のやり場に困りますよね」

「さっさと次の部屋に行くぞ。急ごう」


 下を向いて足早に部屋を抜ける女エルフ一行。

 しかし、彼らに遅れて、のっそりと移動するものが一人。


 男戦士である。


「なにやってるのよ、ティト!!」

「いや、ケティはそう言ったが、実は動いたらと思って」

「動かないから!! いいから早くきなさい!!」


「もうちょっと、もうちょっと右に動いたら、あとちょっと、見えそうなんだ!!」

「だからもう――ほんと、このどスケベ!!」

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