夕日の町
浮雲
夕日の町
そこは田舎、というほど何も無い訳ではなく、全国展開されている店もあれば、地方にしか展開されていない店もある。市街地には沢山人も店もある。ただ、隣りの市まで簡単に行くことは出来ず、車で二、三時間はかかるし少し郊外に入れば牛小屋や馬小屋など農家がちらほらと見られる。
生まれて二十年弱、一度も引越しはせずに暮らしてきた。離れるとその良さが分かるということが身に染みて感じられるようになった。何年も住み慣れた所というのは、あまり不便が無く、たまに帰って来ると再び離れるのが嫌になる。
晩夏になり、段々と涼しくなってきたため昼間は活動し易くなった。のんびりと昼食をとった後、着替えて仕度をしてから外に出る。近所の小学校まで行き、そこの角の横断歩道を渡って少し歩けば小さな古本屋がある。昔からある店で、古くなったのか看板が変えられていた。
時々ここへ足を運んでその度に何冊か本を買っていた。しかし、なかなか時間をかけて本を読むことは出来ず、今まで買った本が溜まっていた。それなのに、来る度に掘り出し物を見つけては買う、というのを繰り返してしまう。昼過ぎに家を出てから一時間は古本屋の中をうろうろして本を探した後、その辺りを散歩して帰ろうと店を出た。
今よりもまだずっと背が低く年齢も半分ほどだった時、古本屋の隣りには本当に小さな店が三軒並んで建っていて、その中の一軒はケーキ屋だった。もう亡くなって何年も経つ祖父はそこのモンブランケーキが好きだと言っていた。いつか買って一緒に食べようと話していた記憶がある。そのうち祖父は病気になり、一緒に食べることは叶わず居なくなってしまった。ケーキ屋とその隣りの二軒はそれからあまり時間が経たないうちに潰れてしまい、後に建物は壊されて駐車場となっていた。
また、その反対側にも小さな商店が二軒あったが、一軒はケーキ屋が潰れるずっと前に潰れて空き地となってから雑草がぼうぼうと生い茂る状態になり、もう一軒は歳をとった爺さんが切り盛りしていたのが限界になったのか、いつの間にか店を閉めて古い建物だけがぽつん、と建っていた。無くなってしまったことが当たり前になるということは、どこか寂しい感じがした。
古本屋などが並ぶ道路の向かい側に渡り真っ直ぐ進むと、もう十年ほど前に通っていた算盤教室がある。当時教えてくれていた先生はまだ元気だろうか。何年かは年賀状を送っていたのに、気付けばそれをやめてしまって全くの音信不通になった。そのようなことを考えながら歩いて行けば、広過ぎる駐車場のあるコンビニエンスストアが見えてきた。元は何か会社のようながっしりとした建物だったが、入り口の扉の屋根を支える剥き出しの柱がぼろぼろになっていたのを覚えている。最近は古い建物があったと思えばコンビニエンスストアが建ち、客寄せの場になる。実用性のある建物を建てて、古くて人の居ない建物を維持するだけの余計な金など払わないようにするのだろう。
それから角を曲がり、更に歩くと大きな公園に出る。何キロにも渡ってその間を横断歩道で繋げた公園では色々な体験をした。小型犬に威嚇されやたら吠えられたこともあれば、そこを散歩していた大型犬が近付いて来るのが怖くて逃げたこともあった。不審者が出ると噂になっていた時に偶然遭遇してしまったことや、知らない子と喧嘩をしたことだってあった。振り返れば、来る度に同じことなど無く、日々変わり続けていた。大きくなった今なら、それが分かる。
公園の中に入れば、子ども達の姿は見られなかった。それを良いことに、一人遊具で遊ぼうとブランコを立ち漕ぎした。背が伸びたせいで、座面を吊るしていた鉄の棒に頭が近くなった。景色も変わり、前よりも空が近くに感じられた。そういえば、ブランコを高く漕いで天辺の鉄の棒を越えてしまった魔女が重力に逆らって、空を床にして歩く話を読んだことがあった。読んだ時はそれを信じて、絶対にブランコを高く漕がないと心に決めていた自分が馬鹿らしくて笑える。
ブランコを降りてから、横断歩道までの公園の一区切りを歩いて帰ることにした。昔は運河だった所に公園が出来たと親に聞いたことがある。運河公園と呼ばれていたここは今もそう呼ばれているのだろうか。周りに立つ木々を見ていると、数が減ったように思える。小さい頃は何でも大きく見えていたが、今となればそこらの木々だって、遊具だってそれほど大きくなくなってしまった。
出掛けてからすっかり時間が経ち、夕焼けが見える時間になった。それはもう見事な景色だ。晴れている日は空が赤く染まり、それよりも真っ赤な夕日が顔を出す。これは最も綺麗な夕日に選ばれたことがあるらしく、それを聞いた時は疑った。しかし、今は納得出来る。市街地へ行くのに山道を下る途中、前を向けば、夜に近付くにつれて赤から青へとグラデーションになる夕焼けを見たことがある。何とも言えないほど綺麗だった。公園から見える真っ赤な空も魅力的だが、山道から見えるそれが一番好きだ。
こうして物思いに耽っているのも良いが、溜まっている本を夕日で染まる部屋で読むのも良いだろう。もうすぐそこの家に帰ろうと足を前に出した。私が歩いて来たその道が赤く照らされていたことは知らない。
夕日の町 浮雲 @existar
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます