第38話

「そっか」

 口に含むとコーヒーの香りが身体中に染み渡る気がして、落ち着いた気分にさせてくれた。

「そうそう、たくさんの人を傷つけたしひどいこともやったもんさ。天狗になってた時期もあるし思い出したくなくて自分の記憶から消してるのだって掘り起こせば出てくるさ。人間は忘れるって事が賢さのひとつだって自分に言い聞かせてな!」


 ふいに俺の後ろで名前を呼ばれた。振り向くとナオトだった。

「よう!わりぃな、携帯充電し忘れてた」

 ナオトはあきれたようにため息をついて

「冗談じゃねぇよ。携帯つながらねぇし、家言っても誰も出てこねぇし実家まで行っちまったぜ。そしたらよ、お前のお袋家にも来てないって言うからよぉ!こんなに大変な事件が起こってんのによぉ!」

 しゃべり始めたら止まらないって感じ。結構心地いい毒舌。

「ツバサには会ったか?あいつバンド辞めるって言い出してよ!どうするんだよリュウノスケ!」

 は?どうしてそうなるんだ?

 ナオトは更に機関銃のように話し出した。

 ライブから帰ってきてからのこと、俺に連絡がつかないと言ってツバサがナオトの大学にやって来た。ちょうどその時、変なおっさんがナオトに名刺を差し出して言ったそうだ。

『うちの事務所に来ないかね?きみ達いい線いってたよ福島のライブ。ああ、ドラムはこっちで用意させてもらうが』

 メジャーへの第一歩だと思ったナオト、だけどドラムを用意ってどういうことなんだと思って聞いてみた。

『ライブは良かった。きみ達何か持ってるのを感じたよ。しかし、ドラムはちょっとまずかった。なのでこちらでいいドラムがいるんでドラムだけ替えよう』

 ツバサは横で聞いてたって。

 冗談じゃない、ツバサどんな気持ちで聞いてるって言うんだよ。誰だよそのくそおやじ。

「ツバサは?ツバサはなんて?」

 ナオトは涙ぐんでいた。

「あいつ、うれしそうに良かったね良かったねって『ぼくだったらメジャーとか思ってないからはずれるよ』って『がんばってね』って言うんだぜ、冗談じゃねぇよ!」

 ツバサのばかやろう!誰が喜ぶんだそんな話。

「あのやろう、どもりもしないでさらっと言いやがって笑って行っちまった。それから連絡できないんだ」

 どもらないでさらっと?なんで?なんでそんな態度取れるのよ。俺はおまえのいないバンドで音を作ることなんてできないよ。

 落ち着いたマサにいの声が響いた。

「まあまあ、待ってろ待ってろ。今ツバサここに呼んだからな!その部屋空いてるからおまえら使っていいよ!少し頭を冷やして話し合うんだな!」

 びっくりしてるナオトに俺が説明した。

 マサにいはツバサのかあちゃんと同級生で今でも付き合いがある。しょっちゅうメールしたりしてる。それでメールしてくれて、ツバサをここに呼んでくれた訳だろう。

 だけど、ツバサはバンドからはずれるつもりなのにここに来るのか?あいつは意外に意志が固いから、こんな時は誰がなんて言ったって絶対来ない、と思うんだけど。

 ナオトも不安そうな顔をしてる。俺ら何だかんだ言って付き合い長いからな。


 入り口のドアが開いていて黄色い声がさわがしく俺らの名前を呼んだ。

「わぁ~~!ビンゴ!いたいた、リュウとナオトだぁ~~」

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