重なり合う音符

第37話


      崩壊そして再生


 ライブが終わってから、俺の周りでいろんなことが起きてるのを知らなかった。

 自分のことだけで精一杯だったから。



 福島でライブが終わって、他のバンドの演奏を聞きにライブハウスの入り口から中をのぞいてる時だった。

「リュウノスケくん!」

 肩を叩かれて振り向いた。

 見たことのある女の人の顔だった。誰だった?この目元、誰かに似てる、何度も挨拶したことがある。いや、一緒に遊んだこともある。小さい頃から。

 誰だったっけ?

「ツバサに聞いてちょっと見てみたのよ。なんとかあなたたちの演奏見ること、できたわ。みんな大きくなっちゃってすごく素敵だったよ。うまかったね」

 ツバサのねえちゃん。そうだ、福島のどことかに嫁に行ったって聞いてた。俺らより四つ五つ年上のねえちゃんで、よく面倒を見てくれてたっけ。

 甘えん坊で弱虫のツバサはいつもねえちゃんねえちゃんって言ってたっけ。

 そうか、見に来てくれたんだ。

 俺は頭を下げた。本当に懐かしかったしありがたいなって思って。

「本当はね、心配だったの。ツバサ弱虫でしょ?いじめられっ子だったでしょ?」

 いじめられっこ、って言うフレーズは俺のどこかを叩いていた。

「昔ね、本当の事いうとリュウノスケくんに言いにいこうと思ったときがあったのよ。なんだか周りからすごくからかわれてたみたいで」

 俺がからかってたんだ。

「私もね子供だったからね、怒っちゃってね、弟が死んじゃったらどうしようって。そしたらツバサに止められちゃって、自分のことは自分で解決しなくちゃいけないんだって。泣きながらね」

 胸のどこか深いところが重くなってくる。

「そこからよ、ツバサなんでも思ってること言える様になったの。弱虫は弱虫なりに強くなったのよねぇ」

 ツバサのねえちゃんは思い出したように笑った。ツバサによく似た笑顔。なつかしくて優しい笑顔がそこにあって、俺は小さいころに戻っちまったみたいに小さくなっていた。

「今日は見られて良かったわ。私の顔見ると弱虫にもどっちゃいそうだから、このまま行くわね。あんなに頼もしい弟の顔、私見たことあったかしら?」

 俺が止めようと思った時にはねえちゃんはライブハウスのドアを出ていた。

 ドアの向こうの闇は俺の何かを連れて行っちまいそうで怖くなった。

 そして、あの頃のツバサの事を思った。

 思ったって言うより引き戻された感じだった。忘れたくて忘れられない何かに引っ張られるように。

 幼い俺たち、くったくない笑顔のツバサ、痛むのは昔のかっこつけた俺。

 一番頼りにして生きてきた幼なじみの俺にされた仕打ちは、あいつの中で消化するのにどれくらいのエネルギーを必要としただろう。

 ツバサ、本当に折れないで良かった、よく一人で立ってたな。お前が折れてたら今の俺はここにいないよ。

 はるか先を見てキッと顔を上げているツバサが、夜の闇に立っているような気がした。

 暗闇に向かって俺は頭を下げた。ありがとう。

 どこか遠くのほうの出来事のように耳に入ってきたライブ会場の歓声は、俺の体の中を通り過ぎていった。さっきまでの興奮が、少しずつ落ち着いて乾いて行くのを感じていた。



 帰り道の記憶はとぎれとぎれにしかなかった。みんなそれぞれのテンションで自分の眠れる場所に帰っていった。きっと誰もがはやくベッドにもぐりこみたかったと思う。

 自分の部屋に戻るとすぐに眠った。はてしなく深い眠りについた気がする。何日も眠っていたような感じがして、俺は起きるとすぐに今日が何日が見て驚いた。十五時間くらい寝てた。身体中がきしんでいた。胸の中にざわめいているのはライブの興奮なんだか、過去の傷なのかわからなかった。

 目を閉じると、ライブの観客の熱気や帰りの車を運転している景色が頭の中をぐるぐるまわっていた。だけど無性に眠りたかった。


 俺が誰とも連絡を取らないままで、ライブからもう半月位が過ぎてしまっていた。

 バイトの帰りになんとなくエムハウスに寄った。階段を下りていくとレンタルスタジオの懐かしい匂いがした。湿った古い空気の中何かが張りつめているみたいな。

「よう!リュウ!ライブなかなかだったみたいじゃないか、おめでとう!」

 カウンターから柔らかな安心する声が聞こえた。

「マサにい!なんか俺、なんもやる気んなんないっすよね~」

 スタジオのマスターは母の弟で、駅前のこのビルの持ち主。道楽ではじめた音楽の究極の道楽がこの貸しスタジオって訳で、昔はメジャーの話もあったとかなかったとか。

 才能ある若者に手を貸してやって売れっ子を世に送り出してるってのが、一番自負してるところだ。

「お~~、燃焼しちまったか?まだまだ早いだろう、これからってところだろうが」

 スタジオの中からがやがやと高校生くらいのバンドだろう瞳をきらきら輝かせて四人の男の子が出てきた。

 待合のソファーに腰掛けた俺の横を楽しそうに、幾分興奮気味に帰って行く後姿にマサにいが言った。

「いいねぇ~若さってのはさ。自分の未来が開けてるよね。何の障害もないんだってみんなそう信じてるよな~」

 障害か、俺も少し前まではそう思ってた気がする。

 だけどなんだろう、目の前に真っ白い壁が立ちはだかってるみたいで前が見えない。

「あ、そうだった。ナオトが昨日来たぞ。なんかえらい興奮してた。お前に連絡してもつながらないってあわててたなぁ」

 連絡が取れない、そうだ俺、帰ってきてから携帯部屋に置きっぱなしだ。もう、充電も切れてるに決まってるわ。やばいな、いろんなやつに怒られちまう。

 気がつくと春はたしかにやって来ていて、来る途中の町には桜の花びらが風に舞ってきれいだったっけ。

「マサにいは、消しちまいたい過去なんてのあったりする?」

 心地いい匂いのエスプレッソを受け取って聞いてみた。

「消しちまいたい過去?ああ、もう腐るほどあるわ。人間心が痛んで傷ついて、そっから変わって行くもんさ」

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