第10話

だけど由梨花は人気者だったから、孤独を感じた事も一度だってなかった。

 由梨花は、あたしが考えてる事すぐにさっしてくれたしわかってくれた。

 幼なじみで親友の由梨花の激しさに、あたしは面食らったの。そんな由梨花を見たことなかったから。そして、言われたとおりに柳の財布を廊下のゴミ箱に落とした。そのこと自体はたいした事じゃない気がしていた。由梨花のことだけが、気にかかっていたから。

 どうしてあたしはあの時、由梨花に聞かなかったんだろう。『どうしたの?』って『何があったの?』って。

 由梨花のことだけが、一番ひっかかってたっていうのに。


 やわらかいメロディがロータリーからかすかに聞こえている。電車の音、駅のアナウンス。雑踏の中でようやくさがしていた声が聞こえたみたいに、あたしは耳を澄ませる。

 あれ、なんだっけ。

 うまくはないんだけど、心のどこかにしみてくるその音。いつまでも触れていたいと思わせる、あったかい声、音。

 歩道橋の手すりに腰掛けて、ああここから落ちたら死んじゃうかもって思ってたのに。何もかもが嫌だなって思っていたのに。なのに今、この曲を聞いていたいと思ってる。ほんとに変だよね、おかしいよね。

 

 そしてその時、あたしの髪がやわらかい風になびいた。

 この風、冬の風じゃない。

 そう、冬が行ってしまう頃由梨花とはしゃいだっけ、『風が変わったよ』って。

 『風の色が変わったね』って。

 胸の奥のほうで熱いものが沸いてきた。

 由梨花が思い出になってしまった今、一緒に感じることはできない。そして、これからも。

 胸の奥から熱いなにかがこぼれて落ちた。

 あたしは手すりから身体を持ち上げて、くるっと向きを変えて歩道橋に降りた。風が身体をなでていく。

 あれ、月が出てるんだ。

 月が潤んで大きく見える。

 そう、由梨花とよく月がでるまで話したっけ。

 この歩道橋ができる前、ここは狭い道路にかかる白と灰色のはげかけた模様の横断歩道があった。そして、その横に何にもない小さな公園と入り口にあるベンチ。中学校からの帰り道、由梨花の家の横にあるこの公園は二人の憩いの場所だった。

 いろんな事話したな。あたし、パパにいつもしかられて怒ってたし、なだめるのはいつだって由梨花だったよね。

 小さい時から一緒にピアノ習ってたから、好きな音楽も似てたっけ。

 あたしのまわりでおどってる音符たち、由梨花と一緒に聞く事ができたらどんなに楽しいだろうな。


 駅前では、曲が終わったみたいで雑音が響く。

 少しして、走るようなドラムの音、ギターの軽やかな旋律。こんどはちょっとテンポの速い曲。そこから急にスローに変わる。

 あたしはさびしい心に聞かせるように、耳を澄ませた。

 背の高い人はギターをひいてるみたいね。ボーカルもギターの人だ。

 ベースの音が気持ちいい。こっちはちょっと茶髪のおにいちゃんだね。ノリノリから弾んで、スローでは低い音を刻む。

 ドラムは下向いたふっくらした顔のおにいさん。良く顔が見えないけど、アップテンポは得意みたいね。楽しそうに首を振ってリズムの中にいる。

 いいな、三人とも仲間なんだろうな。

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