JOANNE

つかさ すぐる

1話完結

 水着を着た若い男女が、

ビーチボールを追っている。

パラソルを立てて、

広げたシートにクーラーボックスを

ドカンと置いた家族連れが、

おばあさんだけを残して、

その先の、

白い砂浜と海との境界で笑っていて、

水面みなもがキラキラと輝いている。

冬には激しい波が、

夏には、どうして穏やかなのか、

未だにわからずに大人になった事を、

あの人は、どう思うのだろうか?

まぶしい海は、

空とまじわるまで前に伸びていて、

小さな島が左前に見えているのと、

随分右に一つ二つ見えている他には、

島は見当たらない。

 かって、

白兎しろうさぎが住んでいた。」

と言われる隠岐おきの島は、

はるか向こうの様でかげさえ見えないが、

一体何頭くらいのわに

ここまで並んだのだろうか?

この季節でなければ、

荒い波で大変だっただろうし、

この季節でも、自慢のうろこが日焼けして、

痛くは無かったのか?

そうか、自分が痛かったから、

同じ思いをさせようと

白兎の皮をいたのか・・・

 そんな事を、

道の駅から国道を渡っている歩道橋の上で、

じょう あんは考えていた。


 

 冬はスキー、

他の季節はゴルフやテニスをする為に、

私は子供の頃、

大山だいせんでペンションを経営している

伯母おば夫妻の所に、

年に数度は両親に連れられて来ていた。

 自分が経営している会社の接待で

父はゴルフ三昧ざんまいで、

母は、

(と言っても本当の母は早くに死んで

継母けいぼだったのだが)

テニススクールを副業にしている伯父おじと、

テニスコートに出かけて行くのが常だった。

伯母は実母の姉で、

あまり物事にこだわらないたちだったから、

仕事で使いたいと言う

父の申し出を断る事は無かった。

しかし今考えてみると、

伯父と継母との関係もみょうで、

伯母も気にならないはずは無かった。

ただ、たった一人の妹の忘れ形見の

私に会いたかったから、

全てに目をつぶっていたのかもしれない。

 宿泊客の朝昼の段取だんどりが終わると、

伯母は幼い私を、境港さかいみなと

カニを食べに連れて行ってくれたり、

近くにある「水木みずきしげるロード」と言う、

漫画家まんがかの描いた妖怪ようかいの像の並ぶ

まちに連れて行ってくれた。

もっとも、妖怪を私がいやがって

泣き出してしまったので、

「水木しげるロード」には

二度とは行きはしなかったが。

 山のペンションでは、

ジンギスカン料理の様な、

肉料理が出ることが多かったから、

魚市場の辺りの食堂で食べる

カニの様な魚介類ぎょかいるいは、

めずらしいし、美味おいしかった。

 中でも、一番よく連れて行ってくれたのは

白兎海岸はくとかいがんで、

学生時代水泳選手だった伯母は、

季節はずれでも海に入って泳ぐことがあった。



 「あん!あん!」

おだやかな声しか

聴いたことがなかった伯母が、

まるで、天地が引きかれるような声で、

私を呼んでいる様な気がした。

 よく見ないと、海水と区別のつかない

クラゲが、横を流されて行った。

うでや、足にからみついてきて、

気持ち悪くて振り払いたいが、

流される私は、身動きもとれない。

時々、何かの拍子ひょうし岸辺きしべが見えると、

それまで見た事の無い程、遠い。

いくら遠浅とおあさの海岸だと言っても、

まだ学校にも上がって無い子供の、

足が着く場所では無かった。


 「ここは、どこだろう?

海なのに川があるなんて不思議。」


 私は、

お花畑にせせらぎが流れている場所に居た。

向こう岸には、前の年に死んだ祖母そぼや、

微笑ほほえんで横に居る老人

(おそらく祖父そふだろう)

の他に数人の人が立っていた。

祖母は、相変わらず優しく微笑んでいたが、

手つきが、

「あっちへ行け!」

手招てまねきでは無いのに違和感があった。

 突然、

ザザーッ!ザザーッ!

と言う音がして、

私の体が髙く持ち上げられた。

周りを見ると、海だったはずなのに、

砂場になっている。


鳥取砂丘とっとりさきゅうにでも

打ち上げられたのかな?」


そう思って、立ち上がろうかとしたその時、

白い布が私の体の下にすべり込んで、

体がふわりとちゅうに浮いた。

今、有ったはずの砂が、

見る見るうちに海に飲み込まれて行く。

その様子を見ながら、

私は一反木綿いったんもめんにくるまれて、

空を飛んでいた。

横には、「水木しげるロード」で見た

老婆ろうば微笑ほほえんでいた。


「おばあさん、なんでお空飛べるの?」


私がそうくか訊かないかのうちに、

海岸の砂浜に布が降りて、

私は砂のぬくもりを感じた。



 道の駅の方で、

かさ踊りの装束しょうぞくを着た人々が、

楽しそうに話をしている。

お盆を過ぎた頃に、

この町の祭りは行われる。

 視線を海の方に戻すが、

砂浜に降りる事は

あの事があってから

怖くてできなくなっていた。


 伯母に連れられて、

季節外れの白兎海岸に来た城 杏は、

冷たい水にも関わらず

海に入って泳ぐ伯母を見ながら、

波打ち際で砂遊びをしていた。

突然大きな波が来て、

彼女は海にさらわれた。

おぼれかけた彼女を助けてくれたのは、

砂かけばばあ一反木綿いったんもめんだと、

杏はそう思い込んで生きて来た。

 けれども本当は、

助けてくれたのは伯母で、

砂かけ婆の様に見えたのは、

自分の持っていたビートばん

彼女につかませた後、

波間なみまに消えて行った

伯母の顔に違いなかった。

幸いな事に、近くをパトロールしていた

駐在さんの手配で杏は助かったが、

それっきり、

伯母が戻って来る事は無かった。


 水面がきらめいて眩しい。

あの時も青い空の下で、

海は銀色に輝いていたが、

今日の様に

目をがす程では無かったと思う。

 割と穏やかな海だとは言っても、

時々、白い波が立っている。

その波間から、

やっぱり一反木綿と砂かけ婆に助けられた、

伯母が優しく微笑みながら現れないかと、

城 杏はじっと見つめて此処ここに居た。

 

               了

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JOANNE つかさ すぐる @sugurutukasa

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