第6話 生れ出づる者たちへ ~姉妹~ ※エッセイ
九十一歳の高齢だ。
血液のガンだとか。
入院した方がいいと、医者からは言われているが、彼女は自分の息子と二人、自宅で暮らしているのだという。
どうやら容体が良くないらしい。
新幹線で会いに行くと、彼女の娘が出迎えた。
到着したのは、こじんまりとした民家の一室。
痩せて小さくなった女主人は、居間の正面、広いコタツで、背もたれのある低い椅子に座っていた。
「今日はいい日ね」
遠方からの労をねぎらい、客に声をかけ、きびきび動く。
寝巻ではない。
髪もきちんと梳かれている。
寝床はどこにも見当たらない。
「今日はいい日ね」
自分の日々の病状については世間話程度に軽く流して、自宅に集った妹を前に、皆の近況を淀みなく喋る。年のせいと甘えるでなく、一番の年長と偉ぶるでなく。
古びた家屋の居間の午後。いささか
けれど、くたびれてしまったか、彼女はふっつり口をつぐむ。
それを気にしたふうもなく、久しぶりに会った妹たちは、昔話に花を咲かせる。
土産の弁当を皆であけ、墓参りへと車が走る。
「今日はいい日ね」
車中で途切れた会話の合間に、助手席で彼女がしみじみと言う。
ちょっと認知症が入っているのよ、と彼女の娘が困ったように
墓地について車を降りると「あたしだって速く歩けるわよ」と、少女のように皆と張りあい、危なげもなく、さっさと歩く。
きれいな赤のブラウス・スーツ。
ローズピンクの光沢のあるコート。
同じくピンクの低いパンプス。
きちんと同系色で色を合わせて。
わざわざ皆が会いに来るから。
この今日の催しは自分こそが主役だから。
せめてもの、の装いではない。妹と肩を並べるための。
そして、毅然と前を向き。
「今日はいい日ね」
妹たちと最後に会うから。
きっと、これが最期になるから。
手慣れた所作で墓参りを済ませ、駐車場へと引き返す。
駅前に着けた車の窓から、淑女は穏やかに微笑んだ。
「今日はいい日ね」
精一杯の、おもてなしを込めて。
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