南国の宴ーその2-

「直虎、なぜ俺を置いて逝った…」

 宴席の片隅で秀隆がしょぼくれていた。交互に妻二人を膝の上にのせていたが、二人が寄り添うだけになる時間があった。その意図に気付いた彼の涙腺が崩壊したのである。

 先年逝った彼の妻である直虎を悼み、想うその振る舞いに秀隆は声を上げて泣いた。直虎を見送ったときさえ涙が出なかった。陰でその表情を責める者もいたが、彼の家族は誰一人それを責めない。彼の妻たちも感じていた。半身と思えるほどの相手がいなくなれば、その傷は計り知れない。それゆえに心が防衛本能として感情を閉ざすことがある。

 嘆いていたのは自分だけでない。妻たちも直政をはじめとした子供たちも皆悲しんでいたのだ。今更のようにその事実に思い当たった。それだけ自分は余裕をなくしていたのだろう。そう思い当たると、いっそおかしくすらあった。

「貴方様、久しぶりに顔がおかわりになりました」

「ん? どういうことじゃ?」

「まるで面でもかぶったように、ずっと表情が動いていませんでした」

「そうか…心配をかけたな」

「よいのです。貴方の悲しみは私たちも同じでしたから」

「うん、うん」

 そうやってしんみりしていると、複数の足音が聞こえる。


「義父上!!」

「なんじゃ直政。今更子供でもあるまいし」

「お父様!」

「ひなたも、なんじゃ。お前らにも子供がいるんだろうが」

「貴方、皆心配していたのですよ。それこそ後を追うのではないかというくらい」

「ああ、そうか、俺はそんなにおかしくなっていたか。すまん」

「よいのです。ええ、良いのです…」

 子供のように泣きじゃくる直政。今だけは万千代に戻ったかのようだった。


 そこに酔いつぶれた秀吉が引きずられてきた。寧々の目は吊り上がり、全身を冷ややかな雰囲気が包んでいる。

「えーと…何をやらかしましたか?」

「いえいえ、よいのですよ。酔ったはずみですよね?」

「ああ…」

「全く…」

 後で聞いたところ、酔っぱらって配膳していた少女に抱き着いたというのだ。しかも寧々と間違えて。今までの事を感謝し、幸せの絶頂にあった寧々は急転直下、殺気を漂わせている。

「秀吉よ。おぬしは昔から…」

「…南無」

 秀隆と信長は早くも秀吉の冥福を祈っていた。


 一夜明けて、宴会場は死屍累々の有様であった。

「あれ? なんで儂簀巻きにされとるんじゃ?!」

「うふふふふ、お前様。覚悟はできとりゃあすな?」

「おお、寧々よ。今日も別嬪でねえか!」

「うふふふふふふふふ、もうごまかされませんからね?」

 寧々に見詰められ秀吉がカタカタと震えだす。そこにすすっと三成が現れ、寧々に箱を差し出す。

「佐吉よ、これは何だね?」

「殿が奥方様のために用意するよう言われておりまして」

「まあ……」

「サンゴを削りだし、そこに南蛮からの宝石をあしらった品にございます。10年かかりでためたへそくりをお預かりしておりまして」

「どういうことかね?」

「殿は、奥方様への長年の感謝を形にしたいと仰せられて、拙者に品の手配を命じたのでござる」

「そう…そうなのね。いくら私でもこれがどえりゃあ高いものだってことはわかるでなあ」

「ということで、ごまかされてやっていただけますかね? おふくろ様」

「ふふ、佐吉に免じてごまかされてあげますか」

 震えて口も開けなかった秀吉の顔に赤みがさす。そして勢いよく顔を上下に振り始めた。

 寧々は秀吉の戒めを解き、そのまま膝枕をする。そして箱からサンゴのかんざしを取り出し、髪に付けてみた。

「派手じゃねえ。わたしがもう少し若かったら似合ったかねえ」

 秀吉に全員の視線が集中する。ここだ! と全員の意思が一つになる。

「何を言うとるかね。わしゃあ、おみゃあの笑顔に惚れたんじゃ。そんでな、毎日惚れ直しておる。儂にとっておみゃあさんは天下一の女じゃ。そんでな、一番きれいな顔は毎日見ておるんじゃ。今日の顔は昨日よりもきれいじゃぞ!」

「まあ、やだねこんなところで。みんな見てるじゃありませんか…」

「じゃあ、あれじゃ。ここにいる皆に聞いてもらおうかの。わしゃあ寧々が一番大事な女じゃあ!」

「うむ、確かに聞き届けた」

「同じく」

「おふくろ様。佐吉はいつでも今のお言葉一字一句違わずお伝えできますぞ」

「あらあらまあ…」

「まああれだ。藤吉郎はいくつになっても藤吉郎ということじゃ。えらくなっても、年を食ってもな」

「秀隆様、そりゃあどういう意味ですかのう?!」

「昔、浅野殿への仲介を頼んできたあのころってことだな」

「ああ、そりゃその通りだ。わしは寧々を幸せにするために働いてきましたからのう!」

「ああ、それでか」

「へ? なんかあったんですか?」

「藤吉郎は織田家一の働き者だ。今も昔もな。木綿藤吉の名は伊達ではないぞ」

「ああ、そうだね。お前さんはいい旦那だね!」

「そうじゃ。顔はこんなじゃがの」

「「「わはははははははははははは」」」

 秀隆を始め、皆の顔に笑顔がはじける。そしてそこに闖入者が現れた。


「おはようございます」

「お、おう…平馬よ。大丈夫か?」

「ははは、殿のもとで働いていた時はもっと修羅場をくぐっておりましたぞ」

「ソウナンデスカ。ジャア…モウイッカイ!」

「なに!?」

「ウフフフフー」

「ああああああああああああああああああああああ!」

「アナタ、ダイスキ!」

「アーーーーーーーーーーッ!」


 後日吉継のもとにスッポンとか朝鮮人参とかが大量に届けられた。大谷家は三成と並ぶほどの子だくさんに恵まれる。後日、干からびながら吉継がつぶやいた。

「南国の女は情熱的だ」

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