閑話 武道館興行

 武士とは戦いを生業とする。その武勇一つで一騎駆けの武者がひとかどの将となったり、大名になることもできた。

 そして織田幕府のもとに天下は定まった。これからは槍一本で身を立てるすべも少なくなる。兵の数を増やしすぎると国力を食いつぶすが、かといって兵を召し放って平民としてもすぐに彼らも生活できるわけではない。ある意味消費することを前提とした体制であったわけだ。兵も物資も武具なども。

 天下泰平となればそれらの消費は無くなる。兵のみならず、鎧師や刀鍛冶は失業の憂き目を見ることとなりかねない。無論すぐに供奉が要らなくなるわけでもないので、一定数は維持されるが、それでも軍需産業は先細りが確定してしまっているのだ。

 信忠は彼らの行き先を外地に求めた。朝鮮での技術指導や新規の開拓。蝦夷地ではまだ小規模ながら反乱がおきることがある。そのための治安維持と屯田兵。琉球は台湾、ルソンなどの東南アジア方面への補給基地として、まだまだ景気が良い状態である。出稼ぎや、移住を奨励していうことで、産業の空洞化による景気の悪化を防いで、何とかやり過ごしているのが実情であった。

 戦が起きないため兵の質は徐々に低下する。これはある程度仕方がない。年を経れば実戦経験や敵兵を殺したことのない兵が出てくる。そういった経験を持った兵を指導教官とし、若い兵に引き継がせる必要がある。


「武道館ですか」

 秀隆は将軍信忠の相談を聞いていた。ちなみに信長は帰蝶とともに諸国漫遊の旅に出ている。織田木瓜の印籠を隠し持って。お供は森蘭丸、立花宗茂、誾千代夫妻であった。

「さよう。安土と江戸、石山、姫路、府内、春日山、名古屋、米沢、津軽、後は蝦夷地と琉球かの」

 各地の軍事上の要所に設けている。

「して、どのような役割を負わせるので?」

「軍事教練と、武術指南じゃな。あとはこの前叔父上が言っていた…ころ…せお? であるか。あれを模した施設としたい」

「んー、見物人の前で相撲興行とか、アリと思うんですよ。相撲だけじゃなくて、いつぞやの馬揃え的なやつを各地でやるのもありですね。屋台とか出して商人も潤いますし」

「それじゃ!」

「あとは舞台などを作って、歌舞伎興行ですかね」

「お主ら、今すぐ叔父上の言葉を書き留めよ!」

「はは!!」

 小姓たちが一斉に筆を動かしている。

「広く平地をとり、行軍訓練や、騎馬兵の調練、山などの地形を生かした山岳戦訓練、資材を用意して陣屋建設の訓練など、いろいろできますな。後は地方の特色を生かせばよいかと」

「うむうむ」

「各大名家や幕府直臣で、有望なものを数か所訓練に参加させ、そこで同期の横のつながりを作らせましょう。そうすることで、国としての一体感を持った人材が育ちます」

「おお、素晴らしい!」

「民衆の娯楽は必要ですからな。あの折の馬揃えは非常に好評でした」

「そうじゃの。馬具や衣装、人の動きもあったから行商人も溢れておった。税収もかなりの額に上った記憶がある」

「なれば…ここをこのように」

「ほうほう、なるほどな」

「それから…こうです」

「すばらしい、いやあ叔父上も悪よのう?」

「いえいえ、将軍様ほどではございませぬ」

 二人は顔を見合わせてぐふふふと笑いあう。その姿を見て小姓たちがあきれた目線で二人を見ていた。


 摂津国石山、武道館落成の義。

「皆さん! のってますかあああああああああああああい??」

「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 会場は素晴らしい熱狂に包まれていた。河原者の人気者、伝説の歌い手が舞台の上でイイ笑顔を浮かべていた。要するに彦太郎である。


「なんでこうなった?」

「叔父上、その質問は禁句じゃ」

 秀隆と信忠は頭を抱えていた。


「右手に天! 左手に下! …ふん!」

「「「天下!!」」」

「さらに布! もひとつ武! …ふんん!」

「「「布武!!」」」

「全部合わせて! 天下布武! 信長様が掲げた理想じゃ!」

「「「弾正! 弾正! 弾正!」」」

「お主ら知っておるか? 弾正という官は悪を正す職じゃ、悪しき者を取り締まり、お主らを守るのじゃ!」

「「「おおおおおおおお!!!」」」

「天下統一めでたき世がきたは誰のおかげじゃ??」

「「信長! 信長! 信長!」」

「さあ、ここでこちらを見よ! 織田弾正忠信長様の登場じゃ!!」

「「「「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」

 場内の興奮は頂点に達した。むしろ有頂天である。

「お主ら、幸せか??」

 信長が大音声で客席に呼びかける。

「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」」

「天下、取ってやったわ!!」

「「「きゃああああああああああああああ!!」」」

 信長の煽りに応じて太鼓が打ち鳴らされる。部隊袖から楽師が現れ、一糸乱れぬ息の合い方で曲が奏でられる。

「人間五十年…化天のうちをくらぶれば…」

 凛とした雰囲気を纏い、扇を手に舞う。彦太郎が周囲を駆け回って花びらを散らす。

「夢幻の如くなり…」

 信長の唄に合わせて太鼓が打ち鳴らされる。低い音から次第に早く打ち鳴らされ、盛り上がりを煽る。

「一たび生を得て…滅せぬ者のあるべきか…」

「いよ! 日本一!!」

 決めから残心に入る信長に彦太郎の絶妙の合いの手が入る。観客の盛り上がりは最高潮である。

 ところで、信長は非常に地声が大きかった。戦場で鍛え抜かれた声は、率いる兵全てに聞こえたという。だが張りがあり、凛としていたその声色は聴衆を魅了した。


 こうして石山武道館落成記念興行は大成功の裡に幕を閉じたのであった。

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