閑話 秀隆殿の嫁取り話

 永禄6年。正月元日。

 小牧山上の本丸にて年賀のあいさつが行われていた。信広兄か信行兄がすると思われていた一門衆代表のあいさつはなぜか俺に回ってきていた。信広兄はニヤニヤと、信行兄はきりっとした表情で俺のあいさつを見守る。

「謹賀新年、今年も忠勤に励み織田家の一層の発展を目指します」

「うむ、大儀。今年は大きな動きをするつもりはないが、敵がいることでもあるからな。各々油断なきよう励め!」

「「「ははー!」」」

 そのままなし崩しに宴会になだれ込む。信長兄はお祭り騒ぎが好きで、城下の祭りに乱入して神輿を煽ったり、踊りの輪に加わってやたらピシッとした演舞を見せていた。酔った勢いでブレイクダンスを披露したことは今も俺の黒歴史である。

「御舎弟様、昨年はお引き立てのほど、ありがとうごじゃりまする~」

「藤吉郎。おまえ飲みすぎじゃないか? ろれつが回っておらぬぞ?」

「にゃはははははははははは、おう小一郎。御舎弟しゃまに酌をせぬか」

「申し訳ございませぬ。先ほどお殿様にお声をいただき、年始の出仕より昇格の内定をいただいたそうで」

「ほう! それはめでたい。後ほど祝いの品を届けさせよう程に」

「いえいえいえいえいえいえ、いつもお世話になっておる身に余るご厚情にござります」

「待て、小一郎、おぬしも酔っておらぬか?」

「いや、わたくしは生来の下戸で…ゲコ?ゲコゲコ…ワハハハハハハハ」

「うっわ、こいつ酒の匂いだけで酔っぱらってやがる」

 まあ、楽しい酔い方である。適当な小者に木下兄弟の世話を申し付ける。その時に適当に銭を握らせた。

「すまぬの、これで非番の時に飲むがよい」

 小者はやたら恐縮していたが、どうも命令して、されて当然というのにいまだ慣れない。


「御舎弟様。今年もよろしくお願いいたします」

「おお、権六殿に又左殿。内蔵助もおるか」

「「はは!」」

「いつも世話になっておるのは私も同じだ。お互い、兄上のために励もうぞ」

「ありがたきお言葉にござります」

「ときに権六殿、家嘉はいかがしておりますかな?」

「おお、家中でも将来を期待しておりますぞ。儂に娘がおったら嫁がせたいほどでござる」

「そうか、それは良かった。兄上の直臣では上が若干詰まっておっての。だが尚武の柴田家中であればあの者も働き甲斐があろう」

「それほどの者を儂にご紹介いただき、有難うござる」

「なに。権六殿は当家の先駆け故な。貴公がいれば安心じゃ」

「おお、それほどまでに儂を…」

「親父殿、ほれ、懐紙じゃ。洟をかみなされ」

「すまんのう又左。ちーーーーん」

「そういえば、御舎弟様。嫁はまだとられませぬので? 確か今年で22でござろう?」

 内蔵助が放った一言で場が静まり返った。こいつ、余計なことを。

「拙者の妹が17になりましてな。よければ今度お引き合わせしたく…ぶめぎゃ!?」

 内蔵助が佐久間殿に蹴り倒されている。

「我が一族の娘で、まだ嫁ぎ先が要らぬ者がいましてのう。一度会ってはくださらぬか。ぼいんぼいんじゃぞ?」

 まて半介、そんな言い回しどこで聞いた!?

「酔った時に御舎弟様が言うておられたのですぞ。おなごはぼいんぼいんがいいと」

 胸の前で手を半円状に動かす手つきはまさにセクハラ親父であった。

「おお、そういえば従妹が先日髪結いの義を行いましての、三国一の婿を探して…ぶぎゃ」

 五郎左に延髄切りを決めたのはマイブラザーNOBUNAGAであった。

「喜六郎、お前いい加減に身を固めよ。…そうじゃの、一月与える。その間に相手を探せ。むろんここにいる者の縁者でも構わぬが、家中にしこりを残すは良くない。それ故、もし選ばれなんだとしてもそこは恨みなどを持ち込まぬように。よいな!」

 鶴の一声ならぬノブの一声で情勢は決した。あれ?俺の意思は?

「おお、そうじゃの、一月の間で決まらねば儂が責任をもって選ばせておらおう。何、一人とは言わぬ…くっくっく」

 邪悪な笑みを浮かべる兄上。一人とは言わぬのあたりで頭上に電球が光るかのような幻視をそこらじゅうで見た気がした。そう、重臣どもの頭上全てで。

 そして俺は気が進まないままに嫁とりの話を進めることとなった。


 7日後。なぜか松平の筆頭家老、酒井忠次の使者が来た。妹を嫁ににいかがかと。お互いの同盟を固めるためにも是非にといわれ。考えときますで追い返した。ていうかそういうのは兄上を通せと言ったら、すでに根回しが終わってやがった。なんてこった!?

 全くの別件で、兄上が尾張守に任ぜられた。めでたい。そしてなぜか俺が安房守に叙任された。正六位下らしい。信広兄や信行兄にはなかった。なんで俺だけ?


 さて、間もなく二月というところで、俺は頭を抱えていた。持ち込まれる縁談が多すぎて確認すらできない。小者ほどの家人はいるが、何かを相談したり補佐してもらうような家臣がいない。そもそも自分自身には警護の兵はいるが、部下として扱える兵力を持たない。いろいろと自身の周辺に問題点が見つかってきた。

 下働きで、藤吉郎の妹のあさひがにっこりと笑みを向けてくる。その笑顔になぜか癒された。この子でよくね?とか失礼な思考が脳裏をよぎったとき、門番の兵が来客を告げてきた。

「おお、ご無沙汰しております。山城のご隠居様」

「おう、久しいの。さて、ほかでもない。一つ儂を助けてくれぬかの?」

「御隠居ほどの方を私が?」

「うむ、ちと困ったことになっておっての。このおねの実家の商家じゃが、京で油屋を営んでおる。それでの、まあ…あれじゃ、儂の息子が後を継いでおっての、こやつとの子じゃが、儂に残された最後の子になってしもうた」

「それは…」

「まあ、話は最後まで聞きなさい。その息子に一人娘がおっての、このおねに似て大層な美人に育っての」

 この爺、のろけやがった…爆発しやがれ。

「それでの、たちの悪い輩に目を付けられて困っておったのじゃよ。それで安心できる嫁ぎ先がないかということでな、喜六郎殿、どうか我が孫をもらってくれんかの? 器量は保証するぞ」

「は、え?」

「商家ゆえできることもある。京のうわさを届けたりな。というか儂がその伝手を頼っておったしの」

 うっわ、好々爺が一瞬で梟雄の顔だよ。油断も隙もねえ、けどこの話は悪くないと考えている俺もいた。どっぷりこの時代にはまり込んでるなとも自覚する。

「でな、そこにおるのだよ」

「へ?」

「桔梗、入っておいで」

「はい…」

 なんというか、和風美人。そして胸部装甲の見事さは語るに及ばなかった。艶やかな黒髪にぱっちりした目。すっと通った鼻筋。紅を指し鮮やかに映える唇。背も俺より少し小さい。ほんとのこのクソジジイの血を引いているのか?ってそうか、奥さんの血が濃いんだな。そうに違いない!

「ほっほ、後は若い者で…な」

 爺は近所の茶店に入るとか言って、あさひを連れて行った。

「えーと、はじめまして。織田喜六郎秀隆です」

「はい、桔梗と申します。不束者ですがよろしくお願いいたします」

「あ、はい、よろしく」

「あら、うふふ」

「え? どうかしたかな?」

「いえ。お爺様から怖い人だって聞いてて。けどなんだか優しそうでほっとしてしまって…」

「いやいや、基本的には優しい…と思うんだけどな」

「うふふ、そうですね」

 よく笑う彼女につられて俺も笑顔になる。そういえばここしばらくあまり笑っていなかった気がした。

 ふと気づくと、ジジイがすごくイイ笑顔でそばにいた。あらあらうふふと笑みを浮かべる奥方。そして耳まで真っ赤な桔梗殿。

「桔梗殿、お願いがあります」

「はい」

 これから伝えられる言葉を感じ取ったのか、真っ赤なままで、まっすぐに眼差しを向けてくる。

「私の妻となってください」

 膝をつき左手は胸に、右手は掌を上に向け差し出す。遠い現代のプロポーズ。鼓動がうるさい。時間が経つのが遅い気がする。無限とも思うほどの鼓動を打った気がした。

「はい、よろしくお願いします」

 返答とともに差し伸べられた手を握る。そして思わず抱きしめていた。

 そしてなぜか裾を引っ張られる。そこには目に涙を浮かべたあさひがいた。

「そうじゃ婿殿。こちらのあさひ殿の言葉も聞いてやるがよい。それが桔梗をお主にやる条件じゃ」

「は? え? ちょ??」

「私…喜六郎様をお慕い申し上げております!」

 顔を真っ赤にして大声で告げるあさひ。なぜかこちらも涙を浮かべて頷く桔梗殿。へ?どういうこと?

「あなた様、この子も一緒に家族になりましょう」

「へ? どういうこと?っていうかいいの?」

「はい、この子の気持ちがよくわかりますから」

「よっしゃわかった。ではご隠居どもの含めて、皆で小牧の城に行きましょうか」

「え? ちょ、それはいかん!?」

「ほう?なぜですかな?」

「帰蝶に儂が生きておることを伝えたか?」

「さて、さぞかし驚かれますでしょうなあ」

 ジジイは即座に振り向いたが、見事な手並みで奥方と桔梗殿が両手をからめとっていた。

 そのまま俺は新しい家族を連れて登城する。そのあとの騒動はものすごいことになっていたが、ここでは割愛する。ただ非常に珍しいものが見れた。兄上もなかなか堂に入った尻に敷かれっぷりであったというだけにとどめようと思う。

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