風の葵 謀略協奏曲
神村律子
プロローグ 改進党代表執務室にて
永田町。日本の国権の最高機関である国会がある町である。また国会そのものを指す場合のある。
その永田町の一角に、野党第一党である改進党の本部ビルがある。地上5階、地下1階のその建物は、近く開かれる予定の臨時国会で議論される、憲法改正草案対策に、党首から新人議員までが寝食を忘れて没頭していた。
「やはり本当でしたか……」
代表執務室と名付けられた大きな一室にある机の前で、二人の男が立ち話をしていた。一人はこの部屋の主、改進党代表の村田敬次郎、五十歳。与党進歩党の橋沢龍一郎内閣を打倒し、次期政権を奪取するため、毎日忙しく動き回っている、精力的な政治家だ。そしてもう一人は、村田を支える一人である主席秘書の坂本喜一。村田より十歳年長の彼は、元進歩党の党職員であったが、村田の政治姿勢に感動し、彼の秘書となることを申し出て、改進党に移った男だ。以来十年、二人は常に行動を共にして来た。
「何故、今まで私に隠していたのですか?」
村田は手に持っていた便箋を坂本に示し、尋ねた。坂本は俯いたままで、
「お耳に入れると、代表がまた余計な心配をされると思いましたので」
村田はフッと笑って便箋を机の上に置き、革張りの椅子に腰を下ろした。
「野党第一党の党首が、脅迫状一つでオロオロしてどうするのです? 私は別に何とも思いませんよ。日本は民主国家です。どんな思想信条を持とうとその人の勝手。ただし、その信条実現のために人の命を奪ったり、暴力に訴えたりするのは、許せません。すぐに警察に連絡を」
村田の指示に坂本は気まずそうな顔をして、
「それはできません。いえ、してはいけないのです」
「どういうことですか?」
村田は坂本の意味の分からない返答に眉をひそめた。坂本は村田を見て、
「この脅迫状の背後にいるのは、進歩党の支援団体の一つで、警察官僚のOBが大半を占める集団です。警察に連絡をしても、動いてもらえるとは思えません。それどころか、逆に何かまずいことになりかねないと思われます」
「そうですか」
村田は手を組んで、机の上を見つめた。坂本も机の上の便箋を見ていたが、
「この団体は時々実力行使をしていると聞きました。代表に何かあっては一大事です。ボディーガードが必要となるかも知れません」
「大袈裟でしょう? そこまでやりますか?」
村田が笑うと、坂本は真剣な表情で村田を見て、
「やりかねません。ですから、最善策を考えた方がよろしいかと」
「……」
村田は腕組みをして考え込んだ。坂本は村田がなかなか結論を出さないのにたまりかねたのか、
「もし、代表にボディーガードをつけるのならば、私に心当たりがあります。国会の重鎮である岩戸先生のご紹介で、民間の人間で信頼のできる者がおるのです」
村田は坂本の気迫に押され気味に彼を見上げ、
「誰です、それは?」
「水無月葵。都内に事務所を構える、私立探偵です」
坂本の答えに、村田は目を丸くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます