#60 魔神が停止する日
『気分が萎える……いや、冷めていく。これは作戦とは呼べない、ただの子供の喧嘩だ』
ヤンイェンは下方に見えるリターナー基地の惨状に驚くほど引いていた。
辺りに黒煙が立ち込め、地面や建物を抉るように切り刻まれた大きな傷跡が戦闘の悲惨さを物語っている。
『慈愛の女神様、この《チンシーツー》と合身した姿……そうだな、名前は《シェンウェイ》というのは……まぁそれはどうでもういい。このマシンならば死者をここに甦らせることも今なら可能だがどうするリターナー?』
胸に獅子の頭部を胸に装着した蒼きもう一つの《ゴッドグレイツ》こと《シェンウェイ》は全身から冷気を漂わせている。
一羽の鳥が近くを横切っただけで鳥は一瞬にして氷付けになり地面へと落下、その身はバラバラに砕かれた。
「その前にアリスを返せ!」
叫ぶガイは《ジーオッド》の目から熱線を繰り出すが、吹き荒ぶ雪の嵐は熱線を《シェンウェイ》まで通さない。
『無駄なことをする。生き急いで死にたいのか?』
「何だ、何が起きている」
今の攻撃は手加減したつもりはなく全力だった。敵が強いという言い訳も出来るが、それ以上にガイの中で異変が起きていることに動揺していた。
『ふん、ここまでか……私には帰還命令が出ている。あとは《カゲヤジ》と《尾張》よ、任せたぞ』
イデアルフォートレスからの通達に、ヤンイェンは残念そうに機体をガイ達から背を向けて後退しようとする。纏う冷気の嵐で背後からの攻撃も通用しそうになかった。
「マコト合体だ! みすみす逃がして堪るもんか」
ガイが叫ぶと同時に《ジーオッド》へ衝撃が走った。突然の爆発に墜落しそうになるのを何とか持ちこたえるも、死角からやってくる謎の衝撃は再び起こった。
「ど、どこだ! 何で、敵がわからない……」
「ガイ後ろ!」
マコトの声にガイは振り返る。
怪しく光る一つ目をした黒い細身の機体。前に宇宙の隕石破壊作戦でイデアルフォートレス側に付いたヤマブキの忍者SV、《カゲヤジ》は短刀を逆手に構え降り下ろす寸前であった。
「ちぃっ……こんなはずじゃ!」
万事休すの状況だったが《カゲヤジ》が《ジーオッド》に気を取られている隙に戦闘機モードの《戦人》が忍者SVの側面に突撃する。
「サナちゃん、ガイさん、今のうちに早く合体を!」
機首で《カゲヤジ》の腹部を無理矢理に押し出して《戦人》は加速し、大空へと舞い上がる。カラスの様な背部の黒いウイングをバタつかせる《カゲヤジ》だったが、華奢ながらもパワーのある《戦人》に圧倒されて身動きが取れない。
「ジーオッド軸合わせ……よし、マコト!」
ガイは機体の向きを調整して《ジーオッド》を下方の《天之尾張》に目掛けて落ちる。頭上からボディに覆い被さる様にして合体した。
だが、
「…………あっ」
「あぁ……」
真紅の魔神の合体はとても穏やかに成功する。
これまで経験した合体と比べて身体が熱くたぎるといった激しい衝撃もなく、同時にマコトとガイの体に軽い電流が走しる程度だった。
不自然、違和感。大した痛みでもなく、二人が思わず声を漏らした理由は同じではない。
(何も、聞こえない……静かだ。誰もいないのか?)
ガイは突然の静けさに動揺していた。
聴力の話ではなく、子供の頃から備わっていた心の声を聞く特殊な力が合体と同時に自分から抜け出てしまった感覚がある。
狭いコクピットの中で急激な孤独感を味わっていた。
(父さん、もういないんだね)
一方のマコトは《ゴッドグレイツ》から感じていた父の温もりが消えたことに寂しさを感じていた。だが、それで感傷に浸っている時ではないのはわかっている。
「行くよゴッドグレイツ!」
感情を高めていき、マコトは《ゴッドグレイツ》に自分の意思を行き渡らせるが、いまいち反応が悪かった。むしろ合体しない方が機体の動きは良かったとも思え、逃げる《シェンウェイ》を追って飛ぶが速度が出ない。
「ちょっと、ガイ! さっきからウダウダ煩いんだけど! 機体制御が安定しないんだから! ねぇオボロちゃん」
「オボロ? オボロが居るのか? どこに?」
「どこって私の隣に居るじゃない。モニターからも見えるでしょ?」
と、ガイはマコト側のコクピットを映す画面を眺めるが、体を横に反らすマコトが居るだけで誰もいなかった。
「……は?」
「もういいよ! 彼女を逃がすわけにはいかないんしょ? だったら気合い入れなよ!」
既に視界から消えかかるほど小さくなった《シェンウェイ》を《ゴッドグレイツ》は懸命に追いかけるも、その差は距離は縮まるどころか更に離される。
これまでの《ゴッドグレイツ》と比べて明らかなパワーの無さをマコトは感じた。
「父さんはもう守ってくれない……私が頑張らなきゃいけないのに」
そんな焦るマコトは殺気を感じて《ゴッドグレイツ》を緊急停止させる。一瞬、眼前を回転する弾が通過したのが見えてマコトはその方向へ向いた。
数百メートル先の敵は狙撃位置から移動している。建物の影に隠れながらこちらを様子を伺っていた。
──今日こそ赤兜を仕留める絶対仕留める私はゼナスみたいな顔だけでパイロットをやってるようなやつとは違うんだガラン司令に選ばれたんだカゲロウ様だって認めてくれる当たれ当たれ当たれ……。
「…………この声、またアイツか」
第二射目が《ゴッドグレイツ》の肩を掠める。
通信機能は作動していないのに敵の声、心の声がマコトの頭の中に流れ込んでくるようだった。
───強い風が吹いてるもっと狙いをしたにいやそれなら武器を変えてだが位置がバレるんじゃないかでも倒すことが先決だじゃあとっておきのクレイモア弾で吹き飛ばしてやるか。
パイロットの少女、フタバ・サツキは数秒間の間にやたら煩く心の内を口頭で捲し立てる。
これは彼女が持つ〈アイオッドシステム〉の“デメリット”のせいで思考能力の高速化に加え、感情を全て表に吐き出してしまうのだった。
第三射目の特殊弾が《ゴッドグレイツ》の胸部に当たると炸裂して細かな鉄球が広範囲に散らばってダメージを負わせる。
「……影からこそこそと、鬱陶しい!」
クレイモアの衝撃でシートに後頭部を打ったマコトの中でスイッチが切り替わる。ぎりぎりを操作レバーのグリップを握り締めると停滞ムードだった《ゴッドグレイツ》のエネルギーがみるみる上昇した。
──あれをまともに食らってるのにまだ動くかこの化け物SVめ!
「スナイパーなら黙って来なよ」
ある場所へ吸い込まれるように《ゴッドグレイツ》は急速落下。ものの数秒で敵と相見えた。
『あ…………赤……兜ぉ……』
「さて、どうします狙撃手さん。接近戦は苦手のようね」
絶句したフタバの搭乗する《ビシュー・ガンナー》は遠距離狙撃型のカスタムタイプ。右腕が長い砲身になっていた。
「おい油断すんなよマコト」
「あれを落とせば終わりでいいんでしょ!」
ガイの言葉を無視して一歩踏み出す。すると《ゴッドグレイツ》の足が地面に出来た謎の隙間に填まって思いきり転倒する。それは暴走していた《Gアルター》の攻撃で作られた亀裂だった。
相手の事だけを見すぎて周囲を確認しなかったマコトのミスが招いたピンチである。
『今だチャンスだ死ね赤兜ォ!』
地面に挟まる足が抜け出せずにいる《ゴッドグレイツ》に《ビシュー・ガンナー》のロングライフルの砲身が向けられた。確実に仕止めるためにエネルギー弾モードに切り換えて、パワーを目一杯溜めていく。
『早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く!』
フタバは待ちきれなくてトリガーを忙しなく撫でた。そんな遊びをしていた腕がフタバの視界から見えなくなる。
『あ?』
血だらけの自分の姿が目の前に現れる。鏡の様な鋼鉄のそれは上空から投げられた《戦人》のナイフだった。
『あぁ……ああああああああああああああああああああああああああ?!』
「サナちゃんはやらせない!」
ヤマブキの《カゲヤジ》を相手にしていたトウコの《戦人》が戦闘機から人型に変形して《ビシュー・ガンナー》へ突撃する。
『たかが腕一本の無くなったぐらいでこの私が諦めて負けるわけないでしょうがぁぁぁぁぁぁぁ!』
反対の腕で、まだトリガーグリップを掴んでいる体から離れた手を握り、標準を上方の《戦人》に向ける。エネルギーのチャージは不十分だが《戦人》を倒すには十分過ぎた。
ニヤリと笑ってフタバはトリガーを引くと《ビシュー・ガンナー》から放たれる光の奔流は瞬く間に《戦人》を飲み込んだ。
『やったやったぞザマア』
『……、……味方を回収、帰投する』
砲身が衝撃で自壊した《ビシュー・ガンナー》を、どこからともなく飛んできた《カゲヤジ》が透かさず浚うようにして拾い去っていく。
「待てよ、待て…………逃がすか、逃がすわけないじゃん……逃げるなぁぁっ!!」
マコトの咆哮に《ゴッドグレイツ》に火が入る。
空の《ビシュー・ガンナー》に向けて右腕を大きく振りかぶり勢いよく射出した。紅蓮の炎を纏った腕は弾丸のように真っ直ぐ突き進んだ。
『おいまた奴の手が来る忍者もっと上に早く飛んで早く上に早く早く!』
『……、……巻き込まれるのは御免だ。さらば』
そう言ってヤマブキは《カゲヤジ》から半壊の《ビシュー・ガンナー》を手離す。
軽くなった《カゲヤジ》は黒い羽根を広げて戦闘区域を急いで離脱し、無様に落下する《ビシュー・ガンナー》は怒りを込めた《ゴッドグレイツ》の拳に鷲掴みにされる。
獄炎に焼かれながら握り潰されて跡形もなく消滅した。
◇◆◇◆◇
そこからほどなくして統連軍とイデアルフォートレスの部隊は全て撤退した。
戦場となってしまったリターナーの基地にようやく静寂が訪れる。
施設のほとんどは壊滅状態で夜になっても各所で黒煙が立ち上ぼり、それを消火する人間は誰もいない。
元通りに復旧することも絶望的なほど敷地内は破壊の限りを尽くされた。
死傷者、数十名。
半数以上のリターナー隊員は避難したが、多くは身寄りの無い十代の少女達であるため精神的なダメージがとても大きい。
パイロット、黒須十子。
レディムーンの特別仕様機であるコクピットに助けられ奇跡的に一命は取り止めたが、下半身の負傷により歩けなくなってしまった。
パイロット、ガイ。
心の声が聞こえなくなった、と部屋に閉じ籠ってたから姿を見たものはいない。
パイロット、真薙真。
彼女は今……。
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