#59 真紅の情念

『どうしてそんなに覚えが悪い? そんなんじゃトウコのように幼稚園受験ほ合格はできないぞ』

『亜里亜ちゃん、お姉ちゃんを見習ってお行儀よくするのよ。これは貴方の将来のためなんだから』


 ──止めろ。私をアイツを比べるな。


『トウコちゃんは懐いてくれるのだが。どうやらダメらしい』

『こらアリス! いい加減パパって呼びなさい!』


 ──うるさい、黙れ。お金のために心を売った奴の言葉なんか聞くか。


『成績も出席日数も足りず推薦ってのは……寄付金はありがたいのですが』

『ゲームの大会に年齢を偽って出てるそうですな?』

『まぁ、はい。出来の良い姉からどうしてこうなったのか私にも……』


 ──無能な教師じゃ私を計れない。だから家を出ていくと決めた。


『ほう……やるなゲームチャンプの小娘。ガイに負けず劣らずの腕前だが、まだまだだな』

『オボロの言うことは気にするな。お前のことは気に入った、心強い味方になってくれることを願うよ』


 ──彼は私に期待してくれた。なのに、アイツが現れてからだ。


 ◆◇◆◇◆


『アイツもアンタもどうして私の邪魔ばっかするんだ! 私の人生に壁なんていらない、障害になる奴は皆どっかえいってしまえっ!』

 この世の怒りをさらけ出すように叫ぶアリアに呼応して《Gアルター》を中心に爆発的な閃光が広がる。まとわりついていた統連軍のSVや味方であるイデアルフォートレスの《アンジェロス》が光に飲まれて消失した。


「君の子供の頃なんてこっちに関係ないでしょ!?」

『うわァァぁぁァああァァアあアぁぁァ消えて無くなれぇっ!』

 更に巨大になっていく《Gアルター》の光球。その中で頭の無い真紅の機体が一機。マコトの《天之尾張》は周囲をバリアで覆うことによって存在していた。

 見境のなくなった《Gアルター》へ接近、手甲の付いた拳で力の限り降り下ろした。額を叩きつけられた《Gアルター》は地上へ落下。包み込んでいた光も一瞬で消え去る。


「思った通りに動く。思ったように飛べる。これが新型の力か」

『うぅぅ…………うおアアぁぁぁあァァァアアあぁアアぁあぁぁー!!』

 アリアの咆哮と共に《Gアルター》の口を覆うマスクが割れ、牙を剥き出しにした口から衝撃波が吐き出される。その圧に押されて《天之尾張》は空へ舞い上がる。


「慈愛の女神が……巨大になって見える?」

 距離が離れていくにも関わらず《Gアルター》は少しずつ大きさを増していく。そのボディからは異様なオーラを放ち、こちらの方をじっと睨んでいた。唸り声で地面を揺らし立ち上がる。その体躯は《テンザンゴウ》をも越えて巨大な姿に変貌を遂げた。


『アぁアァァああァアアアぁぁぁッッ!!』

 背中に爆撃を受ける《Gアルター》は振り返り様に右腕を飛ばす。

 轟音を響かる右巨腕は、全身からミサイルを撃ち尽くした《テンザンゴウ》の胸部を貫いた。

 ぽっかりと風穴を空けられ《テンザンゴウ》はバランスを保てず、体はボロボロと崩れるように瓦解する。


『ううウゥウぅぅぅウ……』

 飛ばした腕を引き寄せて元に戻すと《Gアルター》の視線は再び《天之尾張》に向いた。怪しく光る双眸から発射されるビームが螺旋を描いて空を切る。


「逃げてばかりじゃあ」

『〈ヒキリギネ〉を使え、マコト!』

 突然、聞こえた声に促されマコトは《天之尾張》の背部から武器を取り出す。

 掴んだのは棒状で長い機械式の武器。迫り来る螺旋ビームを〈ヒキリギネ〉と呼ばれた棒を構え先端で受け止める。膨大なビームのエネルギーは〈ヒキリギネ〉が全て吸収していった。


『次来るぞ!』

 今度は断続的に、回転する二つの光弾がいくつも飛んでくる。それを《天之尾張》は〈ヒキリギネ〉で光弾を捌きながら《Gアルター》へと近付いていく。


「通信じゃない、機体のナビなのか?」

「この声を忘れたか、私だマコトよ」

 マコトの座るシートの隣に透明な人型、立体映像で巫女服の少女が現れた。

 一瞬の余所見で《天之尾張》は光弾を一発食らい落下するも、即座に受け身を取って建物の陰に隠れる。


「オボロちゃん!? どうして?!」

『この機体に搭載されてるDNドライブに残された残留思念さ。それより戦いに集中しろ、見えない死角は手助けしてやる』

「なんだかよくわからんけどわかった! フォローお願いね」

 思念体オボロの力を借り、マコトの《天之尾張》は建物から飛び出すと《Gアルター》へと突撃した。


「三時の方向、羽付き人形だ! 前からも二機だぞ!」

「任せて!」

 棒高跳びの要領で《アンジェロス》を飛び越える《天之尾張》は姿勢を空中で反転させて〈ヒキリギネ〉に貯めたパワーを放射する。三機まとめて一瞬で消し飛ばし、着地するも止まらず駆け抜けた。


『うゥゥうぅ……サナナギィマコトめェェ』

「恨まれることなんてした覚えない! 逆恨みなんて止めてよ」

『お前が現れてからガイはおかしくなったッ! お前さえ来なければ !』

「はぁ? 私とガイが何だってのよ!? 君がおもってるような関係じゃないから!」

 どうしてそこにガイの名前が出るのかマコトは困惑した。頭上から《Gアルター》の両指先から落ちるビームの雨。回避しようとする《天之尾張》は何者かに両肩を掴まれて急速上昇した。マコトを連れ去るそれは濃紺の戦闘機だった。


「サナちゃんお待たせ!」

 聞き覚えのある声をした戦闘機のパイロット。遅れてきたトウコと《戦人》が可変した姿である。


「アリア、いい加減にしなさい! こんなことして何になるの?! 慈愛の女神様は戦争の道具なんかじゃありません!」

『……うう、うるさい』

「今すぐ女神様から降りて投降なさい。そうすれば悪いようにはしません」

『ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ!!』

 聞く耳を持たないアリアはヤケになって《Gアルター》を暴走させる。

 鋭い光のカッターを腕から放ち周囲をズタズタに切り刻んだ。安全圏へ機体を待避するトウコの《戦人》と、また吸収しようとマコトは《天之尾張》の〈ヒキリギネ〉をかざしたが、位置が悪く先の方を真っ二つにされてしまった。


「火に油じゃんトウコちゃん?!」

『私の人生を滅茶苦茶にしたトウコねぇ……ガイを奪ったサナナギは絶対許さない!』

「だ、だから別にアイツとは恋人でも何でもないっつーのっ!」

 アリアの怒りがトウコの出現により、光カッターを出す攻撃スピードが増していく。下の基地への被害を出させず自分達が避けるのも一苦労だった。


「まだ逃げてる人もいるんだ。これ以上は被害を出させてたまるもんか! トウコちゃん離して!」

 刃の嵐を潜り抜け《戦人》は《天之尾張》を投下し《Gアルター》の顔面まで落ちていく。


「DNドライブが上昇してる、感情を込めてぶん殴れマコト!」

 オボロが叫ぶと《天之尾張》は手甲から炎のオーラを纏って《Gアルター》の額に目掛けた拳の一撃を食らわせる。倍以上の体格差があるにも関わらず《天之尾張》のパンチを受けて《Gアルター》が大きく仰け反った。


「まだ倒れない!?」

『あァあアぁぁアアああアぁぁ!』

 振り払う《Gアルター》の巨腕によって《天之尾張》は地面に叩きつけられる。機体を起き上がらせようとマコトの目の前には《Gアルター》の足の裏が眼前に迫っていた。


「止めろアリス!」

『……ッ?!』

 声に反応して《天之尾張》を踏みつけようとする《Gアルター》の足が止まる。その一瞬で《天之尾張》は転がるようにその場から離れた。


「ガイ!?」

 真紅の鎧兜、ガイの《ジーオッド》が《Gアルター》の頭頂部にのし掛かる。


「何する気なの?」

「合体だ」

「うわ……これだから男は見境がない」

 トウコが軽蔑の眼差しをガイに送る。


「冗談で言ってるんじゃあねえよ! おい、アリス! 俺は今でもお前の味方だと思っている。お前はどうだ? 俺の敵、クロス・アリアか? リターナーのアリス・アリア・マリアか? どっちだ!?」

 ガイはアリアに問う。


『アァ……私は、アリ……』

「アリ?」

『ア……アリス』

「なら今すぐそいつを小さくしろ! そんは大きさじゃ合体は出来ない」

「…………わかった」

 アリア、アリスの心にまとわりつく邪悪なオーラが弱まり《Gアルター》はみるみる小さくなり元の大きさに戻っていった。


「そうだ、それで良い。アリス合体を」

 その時だった。

 何か違和感を感じてガイの操作する手が止まる。

 ふと気付くと何処からともなく吹き付ける強烈なブリザードに《ジーオッド》は襲われ《Gアルター》から遠く離れてしまった。

 真っ白な景色の先でガイは《Gアルター》に覆い被さる蒼き獅子の頭を見た。


『はぁ……慈愛の女神を取られるわけにはいかないのでな……』

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