#57 アマノオワリ
薄暗い部屋の中心でレディムーンは、自分を取り囲む高い円形状の机に座る者たちを見て苦笑する。
統合連合軍日本支部、中京本部基地に呼び出されたレディムーンは半ば強制的に軍法会議に掛けられていた。
「レディムーン……いや月影瑠璃大佐。これまで天草退役元帥の顔を立てて君のやり方を見過ごしてきた私たちだが限界がある」
「イデアルフロートのガランが動き出した以上、なんとしても止めなければならない。奴は世界に混乱をもたらす」
「これまでの行いは不問とする。君たちリターナーも我々の管理の元、動いてもらうぞ」
統連軍の軍人たちの発言にため息を吐くレディムーン。
「はぁ……確かにガランを見逃せば軍の被害は更に拡大するでしょう。私もあの男に恨みがあります」
「では協力してくれるな月影大佐?」
「しかし、断る」
レディムーンの一言に軍人たちがざわめく。
「おい月影、それはどういうつもりだ! 世界がどうなってもいいのか?」
「世界がどうこうではなく……統連軍の力が減っても構わないと言うんですよ」
「貴様ぁー!」
「まぁ待ちなさい……月影大佐、その真意はなんだ?」
「イミテイター」
その言葉に会議場がざわつく。
「何をでたらめなことを……」
「かつて地球を襲った模造獣が人となった姿。それが統連軍に紛れ込んでいる」
「なんだそりゃ? 奴等は全て駆逐した。宇宙人が隠れて軍人になっているとでも言いたいのか?」
「えぇ、ガランの移動要塞に向かった部隊がそれを示している。撃沈されたほとんど艦やSVは戦闘による損害はなく落とされている。生き残った者たちから証言も得ているわ……仲間が突然消えたって。証言人の連絡先は全て聞いてあるけど、どうです?」
携帯電話をちらつかせ強気な態度のレディムーンに言い返す者は誰もいない。
「あの要塞から放たれる光は、イミテイターだけに反応して消し去ることができる。艦長や艦の操舵手が忽然と消えればパニックになるでしょう。あれだけ数を投入したのに統連軍がガランに敗戦したのはそういう理由でしょ?”おかしいものね、たかだか数十キロの浮き島に艦隊が勝てないなんて」
「言わせておけば……」
挑発に乗りそうになる男を隣の男が宥める。それでもレディムーンの攻勢は止まることを知らない。
「こんなの世間に公表できないものねぇ。人間でないものが自分たちの周りにいるかもしれないなんて……それに軍にイミテイターが多いのは何故かしら? それこそガランよりも驚異だとは思いませんか?」
「月影大佐……君は統連軍とイデアルフロート、どちらと戦うつもりなんだ?」
「リターナーは……いえ、私はこの目に誓ってガランを討ちます。統連軍の指示は知りません」
「そんな私闘が許されると思っているのか!?」
背広の男が大声でレディムーンを指を差しながら怒鳴る。それを受けレディムーンはサングラスを外した。
「奴らに付けられたこの目……いろんなものが見えすぎるの」
虹彩異色の瞳で周りを見渡す。
軍人たちの中にぼんやりと見えるのは魂や心といった人の内面が形になつたものだった。
人によって見え方は変わるが、明らかに人間とは違う異質で歪な生命のエネルギーが軍人たちに数人、混ざっていた。
「自覚の無いイミテイターが、あの光にされるそうよ? 生還した者たち全員が人間じゃないってのは怖いことね」
レディムーンは怪しい軍人数人を睨む。何人かは目を反らしたり、俯くなど反応があった。
「しかし、この目を使うことはしないわ。私は私のやり方で世界を救います。元の月影瑠璃の名を名乗れる、その日まで……」
◇◆◇◆◇
「これが新型のSVなのか……」
ガイは完成したばかりな真紅の機体を眺めて困惑した。
傷一つなく、表面は顔が映るくらいピカピカに磨きあげられた、真紅のカスタムメイドSVである。
「《天之尾張(アマノオワリ)》です。織田インダストリーの尾張シリーズをベースに《カグツチ》のパーツをバラして組み込んだ世界に一機しかないカスタムSV!」
「全身の材質は同じダイナメタルだ。これで取り込まれる心配はないし、むしろ合体しないでも活躍が期待できる」
ナカライ親子が説明をしてくれているが、ガイの気になるところは別にあった。
「頭が無いようだが?」
ハンガーに固定された《天之尾張》は大まかなデザインこそ《ゴッドグレイツ》を踏襲しているが、頭部が存在していなかった。
僅かな出っ張りにあるスリットから光る一つ目、モノアイカメラがあるだけである。
「合体後、中の頭部の機能は意味がなくなっちゃうからねぇ。連結固定するときの時間ロスを無くす意味もあるのよ」
「でもなぁ……」
「いいじゃないですか、かわいくて」
後ろの方で眺めていたトウコがにっこりと言う。
「SVに可愛さは求めてない、肝心なのは強さだ。これで奴等の白いSVに勝てるかどうかだ」
「ゴーイデアに強い弱いの概念はありませんわ。もっとも、今のゴーイデアは私が知っている慈愛の女神とは掛け離れていますが」
現在の《ゴーイデア》こと《Gアルター》はトウコの妹、アリアが搭乗している。その力は《ゴーイデア》のような他者を癒す光とはほど遠く、破壊的衝動によって動いていた。
「彼女……アリアはここでどんな子でした?」
トウコはガイに質問をする。
「アイツは、何と言うか常に一番であろうとしていたな。完璧主義者で、ウチの仕事もミスはほとんどなかった。SVの腕は俺ほどじゃないがな」
何となく誉めてみる。
ここでは敢えて言えわなかったが、アリアがガイに好意の目を向けていることはわかっていた。しかし、ガイにとってアリアは興味の対象ではなく、あくまでリターナーの同僚として評価しているということだ。
「そりゃガイ君、人の心が読めるんだもの。当たり前じゃん」
ヨシカが突っ込む。
「まぁな。だが、姉が居たなんて一瞬も読み取れなかった。お前があそこでアイツと対峙してたときの、あのプレッシャーには鳥肌が立ったぜ」
ガイが戦場でのアリアから感じ取ったのはそれだけではない。アリアの精神には何か別の意識がまとわり付いた人為的、作為的なものが心に読み取りを防がれているのだ。
「責任は取ります。アリアを、ガランおじ様を絶対に止めて見せます。この天之尾張と共に、私はどんな敵が来ようとも負けることはないです!」
「……は?」
「言うと思った……」
ヤル気満々のトウコとは対照的に、驚くヨシカとガイは呆れていた。
「あれには俺が乗る」
「いやいや、この天之尾張はナギっちの為のSVなんだけど?」
「そんな……ではジーオッドには私が、ってそれでは貴方と合体を?!」
「だぁから! ナギっち専用なの!」
怒鳴るヨシカを無視して「俺が」「私が」と一歩も譲らないトウコとガイ。
「ジーオッドに乗せた方がマコトの、ゴッドグレイツの力が発揮できる。それで奴等を一気に潰す!」
「その力は最終手段です。私は最初から合体目当ての貴方とは違います。この新型だけでイデアルフロートとやってみせるつもりです!」
「ここで騒ぐんじゃないっ!」
ナカライ父の岩のように大きなげんこつがガイとトウコの頭に落ちた。
明らかに威力の差があり、トウコはその場にしゃがみこむ程度だが、ガイは白目を剥いて気絶していた。
「坊主のでもなけゃ嬢ちゃんのでもねぇっ!」
「サンキューとうちゃん」
「…………うーん、父という娘を殴るものなんですか?」
床に倒れて伸びているガイを他所に、少しヒリヒリする額を擦りながらトウコが言った。
「そうなの、もうしょっちゅうよ……あイテっ!?」
「これは暴力じゃない、愛だ。娘が間違ったことすれば多少は強引にでも正してやるのが親の責任ってもんなんだ」
「なるほど……そういう愛もあるんですね。勉強になりました」
心にメモして納得するトウコ。
「ウチはナギっちが満足するまでやってほしい。メカニックとしてやれることはパイロットに生きてかえってもらうことだからさ。そのための天之尾張だよ」
ヨシカの願いを込めた真紅のSV、《天之尾張》はマコトを守る鎧となれるのか。
決戦の時は近い。
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