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 既に機体は満身創痍。ひび割れた装甲や間接が軋み、各種スラスターの調子も悪く《ゴッドグレイツ》は、ほとんど前に進んでいなかった。


「もっと! もっとスピード出しなさいよ、コイツ!!」

 目の前には青き星、地球。

 ちっとも大きさが変わらない母星に苛立ち、駄々をこねるようにフットペダルを何度も踏みつけるマコトだったが、速度は相も変わらずノロノロとしたスピードで横を隕石群が幾度も通り過ぎていく。


『……マコトよ。ひとつ質問なのだが聞いていいか?』

 先程からずっと考え事をしていたオボロが口を開いた。


「何?!」

『お前は、お前はSVのパイロットになって何がしたい? 何が目的なんだ?』

「それ答えるのは今じゃなきゃ駄目?」

 突然の質問にマコトは困惑する。モニターに映るオボロの表情は真剣だった。


『あぁ。お前はゴッドグレイツの外には出られない体になってしまった。その体でどうするつもりだ?』

「……どうするもったって……」

『ゴッドグレイツは全てを燃やし尽くす破壊の魔神だ。使い方を誤れば世界を壊す。そんな危険なマシンに乗っている自覚はあるのか?』

「わ、私だって好きで乗っているんじゃない!」

 目に涙を浮かべて叫んだマコトの昂りが《ゴッドグレイツ》の速度を少しだけ上げる。


「…………わかんないんだもん。漠然と父さんの後を追っかけてみたけど全然思うようにいかなくて、いつの間にか訳がわからないことに巻き込まれてさ……本当は嫌なのに、心の奥でゴッドグレイツを求めてる自分がいる。こっちだって知りたいよ」

 マコトは考えないようにしていたのだ。

 状況に流されるままでいた方が楽に生きていられる、と。


『だが、お前が選択しなければいけない日は近づいているぞ』

「……別のSVじゃ駄目になってた。このゴッドグレイツに乗っていないと、体がバラバラになっちゃうくらい痛みが激しくて、それが怖くて」

『仕組んだのはイデアルフロートだ。私たちの敵だ』

「でも! 島の人たちのお陰で、私はSVのパイロットになれて……」

 それが本当に正しいことだったのか、確かに合法的で無いというのは感じていた。

 しかし、それでもマコトはパイロットになる近道があるのなら何だってやってやる、と選んだことである。

 今さら後悔はしていないと言えば嘘になるのだが。


『義理堅いのは良いことだが、いい加減で目を覚ませマコト。騙されているんだよ。さっきも白い奴がこちらを攻撃してきただろう?』

「じゃあ、オボロちゃんたちは島の、FREESが何を企んでいるのか知ってるの?!」

 一方的に島のことを悪く言われてマコトも負けじと反論する。


『それは……奴等の目的の全てはわからん。だが、私があの伽藍童馬(ガラン・ドウマ)という男に聞かされた台詞は“人類を造り変える”だそうだ』

「造り、変える?」

 島の治安を守る特殊警察機構FREESの総司令官ガラン・ドウマ。

 オボロは過去の記憶を探る。


 まだイデアルフロートの完成よりも前の出来事。

 数々の人体実験を強制させられ、オボロの肉体や精神が限界に達する寸前で救出された。

 その時、同じく何かの実験でボロボロになったレディムーンも一緒だった。

 元々はレディムーンとガランは同じ組織の仲間であった。

 だが、突然の裏切りでレディムーンはガランの計画に荷担させられたと知る。

 ガランは語りかけた。


 ──人類は宇宙へ出ていかなくてはならない。その為に造り変える。


『自分はそもそも不老不死。体内の毒素や薬物は浄化することができる。だが、レディムーンがな……平然としてるように見えるが、奴は今も苦しんでいる』

「……私もそうなるって言いたいの?」

『人だけでは駄目だ。計画を達成するには《生命を育む純白の女神》と《霊魂を導く漆黒の魔神》が必要だとも言っていた』

 漆黒の魔神。

 その言葉が出た瞬間、マコトは《ゴッドグレイツ》から嫌な気が流れてくるの感じ取った。すきま風が吹いているかのような何処かから漏れ出ている。


「黒……ゴッドグレイツは赤色だよ」

『かつてはな。マコト、お前はこれをどう使う?』

「そんなのは分かんないよ。でも、私が悪いことに使わせなければいい。そうすればいいんでしょ?」

 航行速度が更に加速する《ゴッドグレイツ》の全身にマコトの生み出した活力の炎が灯った。それは放射線状に広がっていき、焔の翼を一杯に広げた。


「今やることは、絶対にアイツを助けるってことだよ」

『ほほう……あんなにガイのことを嫌っていたのに?』

「きら、嫌いとか好きとかそういう話じゃないってば! ……いつも、助けられっぱなしじゃ、私的に嫌なの! そんだけっ!」

 しどろもどろになり赤面するマコトをからかうオボロ。


『ははは……見ろマコト。ゴッドグレイツの出力が上がっている。行けるぞ?』

「分かってる、飛ばすよっ!」

 先程とは比べ物にならないほどの勢いで《ゴッドグレイツ》は燃え盛る翼を羽ばたかせ宇宙を飛翔する。正面から進行を邪魔する隕石群を蹴散らしながら、あっという間にガイの《スーパーゼアロット》に追い付いた。


『ガイ!』

『……オ…………コトか……す…………』

 通信機の故障か映像は出ず、ガイの声は雑音まみれで途切れ途切れでしか聞こえてこない。機体のダメージが酷く、岩肌に引っ掛かった装甲を自力で外すことも出来なかった。


「今行くから待って……」

 手を伸ばす《ゴッドグレイツ》だったが上下左右から飛来する隕石が邪魔をしてくる。


「くっ、しつこいってーの!」

 連続で繰り出される紅蓮の拳で、迫り来る隕石を片っ端から叩き潰すが、

ガイの《スーパーゼアロット》からはどんどん離れていく。

 一進一退。

 追っては止まりを繰り返している内に地球までの距離は目前まで迫っていた。青と緑の星が視界一杯に広がる。


「どこだ……アイツ」

『マコト、あそこだ!』

 オボロが方向を指定する。隕石群は日本を目標に落下を開始していた。急ぐ《ゴッドグレイツ》は地球の重力に引かれながらも向かう。


「捕まえた!」

 ついに《スーパーゼアロット》の元へと辿り着き、機体を隕石から引き剥がす。


『ガイ、生きてるか?!』

『……お、おう……遅かったじゃねぇか』

 機体を通した接触通信でガイの声だけは聞こえるようになった。


「とにかくここから脱出を…………あれっ?」

 背中に《スーパーゼアロット》を担ぐ《ゴッドグレイツ》だったが突然、力が抜けて上に乗っていた隕石から転げ落ちてしまった。


「嘘……? また、何でぇ?!」

 姿勢の制御もままならず《ゴッドグレイツ》はまっ逆さまの状態で落ちていく。このままでは海面に大激突して機体はバラバラ、マコトたち三人は海の藻屑となって死ぬだろう。マコトは必死に操作レバーとフットペダルを動かすが《ゴッドグレイツ》は何の反応も示さなかった。


「動いて、動いて、動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けって言ってんでしょっ!!」

 半狂乱になって焦るマコト。機体が逆さまになっているので景色が上に昇っている状態が余計に恐怖を感じてしまっていた。


『…………ガイ、マコト。奥の手を使う……合体するぞ』

 絶体絶命の状況の中、オボロから鶴の一声にマコトとガイはおどろく。


「そんな、こんな落ちながらなんて」

『無理とは言わせんぞ? やると言ったらやるんだ、ガイも良いな?』

『……奥の手があるなんて俺は聞いてねぇぞ?』

 機体の情報は全て頭の中に入れているガイは疑問に思って質問した。


『だからこそ奥の手なんじゃないか。いいから準備をしろ…………じゃあ、二人ともケンカをせず仲良く、な?』

 オボロからの通信が途切れる。

 最後の言葉に何か遺言めいたモノにガイは違和感を感じていたが、今は一刻を争うときで猶予は残されていない。


『強制パージ、軸合わせ……いつでもいいぞ!』

 ガイは《スーパーゼアロット》の纏う武器や増加装甲を切り離していき、非武装状態にすると《ゴッドグレイツ》の真下に位置取る。


「でも、ゴッドグレイツが動かないんじゃ」

『つべこべ言わず念じろ! きっと動く……私を信じろ、マコト』

「……うん」

 言われるがままマコトは合体のイメージを頭の中で必死に思い描いた。


(そうだ、それでいい……さぁ真紅の魔神よ、私を使え!)

 大気圏に突入する《ゴッドグレイツ》の全身が高温になり赤く発光する。

 その高熱を吸収して自分の力に蓄えた《ゴッドグレイツ》は上下に分離して《スーパーゼアロット》を覆うように取り込んだ。


『今だ二人とも! 命を存分に燃やせっ!!』

 再度、焔の翼が背中に生える。だが、先程よりも巨大で眩しく閃光して、力強い羽ばたきから起こす熱風が一緒に落下している隕石群を塵一つ残らず消滅させた。



 そして、流星となった真紅の魔神は大海に沈む。


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