《第九話 ファザー・コンプレックス》
#49 ルーツ
「うへァ……そっとじ。こりゃ良いもん見れたなァ」
イデアルフロートエリア2の研究施設。
海底調査団が引き上げた《ゴッドグレイツ》を解析中のヤマダ・シアラは、背部の第二コクピットのハッチを開けて歓喜した。
シートと同化している真っ赤な巨大クリスタルが、淡い光を放ちながら鎮座している。
硬質なのに柔らかい繊維状の物がモニターや計器にびっしりとへばり付き、いくら引き剥がしてもクリスタルから直ぐに再生するのだ。
「つまりはヒトを使っていない高純度のDNドライブが出来上がったと言うわけかァ。隕石から屑石を取るよりも、よっぽどスゴい賢者の石を手に入れちゃったってさァ? ハハハァ!」
装甲の上で小躍りするシアラ。この喜びをさっそく伝えたい、と携帯電話を白衣のポケットから取り出した。
「しもしもーどうもボクですがァ…………そそそそ、ボクのゴッドグレイツがさァ」
機体から飛び降りて気分よく会話をするシアラ。相手は、この度イデアルフロートの“総帥”となったガラン・ドウマだ。
「…………島の打ち上げはもう準備をしといて…………誰……ゼナス? ……えー、それは養父の責任でしょ…………ボクは天才の遺伝子を継いだから……はァ? …………もう一人が……何言ってるの? そんなことあるわけ……血液サンプル…………へぇそう……わかった」
笑顔から一変、シアラは無表情な顔になる。
「コアを固定したあと、後部ハッチは溶接。頼んだよ」
整備士に任せるとシアラは白衣をひるがえし、方向転換して駆け出した。
「家族って何なんだァ……?」
◆◇◆◇◆
ガイにとってオボロと言う人物は母であり姉であり妹だった。
時に彼女から様々なことを学び、時に一緒になって遊ぶ相手であったり、そして守るべき存在である大切な女性だ。
一種の憧れのようなものは感じていたが、極めて近くにいる人間だったために恋愛感情というものは無かった。
今から十年ほど前。
過去に大きな事故があり立ち居り禁止区域に指定された、SVの残骸で出来ている通称、夢の島と呼ばれた海のゴミ処理場に幼いガイは隠れて住んでいた。
そんな場所に現れたオボロに拾われたのが二人の出会いだった。
『ゴミ漁りは楽しいか小僧?』
『……あんた誰』
『見ての通りの巫女さんだ。昔は私もお宝目当てに漁りに来ていた』
『ふーん……』
『あんな戦いがあったのに穴が埋まってる……不法投棄も前より増えてるじゃあないか。誰も使ってないはずなのに、おかしいよな』
『…………なんで?』
『新しいものが生まれれば古きものは捨てられる。これなんか、まだ使えると言うのにもったいないの』
『……そうじゃない。どうして、心の声が聞こえない?』
『不思議なことを言う。普通の人間は思ってることなど人にはわからないものだぞ』
『……?』
『…………そうか、小僧からは特別な何かを感じるぞ。その左目の傷、幼いながらも修羅場を潜ってきたということだな』
『…………』
『ふむ、良い目だ。これは月影の奴に報告せねばなるまいな。一緒に来てくれるか小僧』
『……小僧じゃない。ガイって名前がある』
オボロの誘いを受けてガイは夢の島を出ていき二人の共同生活が始まった。
山奥の古びた寺で、オボロに扱き使われながらも充実した毎日を過ごし、二人は楽しく暮らしていた。
『今日は蔵の本を全て読みきるまで寝かせないぞ』
『こんなホコリ被ったの読めるかよ、てか何時代の字だこれ』
『薪割り、風呂炊き、飯の用意はまだか、ガイ!』
『今やってるってーの!』
『日々の鍛練を怠るなよ。強い日本男児への道はまだまだ遠いぞ!』
『嘘だ……絶対、廊下の拭き掃除が面倒なだけだぞ』
『日常の全てが肉体を鍛えるための』
『はいはいはい、説教は飽きたぜ』
そこから一年後、世間では人工島イデアルフロートの完成に盛り上がる中、ガイはオボロの薦めでレディムーンと呼ばれる女性が設立した組織リターナーに入ることになる。
『働かざるもの食うべからずと言うからな。頼むぞ月……おっと、レディムーンだったな』
『彼が例の……よろしく、ガイ君』
『…………どうしてツキカゲルリって呼んじゃ駄目なの?』
『っ!?』
『へえ……そうなんだ。よくわかんないけど大変なんだね大人ってのは』
『…………そうね。だから、女の嘘を暴こうとするのはタブーよ』
リターナーに入って身体中を検査したが、ガイの心を読む力に関しては未だに解明されることはなかった。
レディムーンが自分の復讐のためにガイを利用しているということは理解している。少なくともソレ以外に関しては悪い人間ではないし、ソレがレディムーンの傷であることを理解した上での話だ。
年頃の男子なのでスリリングな毎日の体験に退屈しないのが楽しいと思い、付いていく単純な理由なだけだというのもある。
オボロが紹介した人間なのだから間違いはないと思いたい。
そのはずなのだ。
『オボロ、おかしかないか? アンタとは五年以上の付き合いになる。いくら何でもおかしい』
『変だろうか? 巫女装束を新調したんだ』
『そうじゃない! アンタ年齢はいくつなんだ? 年上のはずだよな? 背が伸びないっていう問題じゃないぞ』
『女には秘密があるもんだ。お前も色を知る年頃かな』
『はぐらかすなよ。三日前の潜入ミッション、手のところを撃たれたよな? 貫通したはずなのに傷が治って……いや、傷の痕跡すらない』
『現代医療の進歩』
『適当に包帯巻いただけだ。治療室にも行ってないはずだぞ』
『じゃあ目の錯覚だ。それよりも新衣装を誉めんか』
オボロからは何だって教えてもらったが、オボロ自身のことは何も教えくれない。
心を読めるガイにとって相手の考えていることが読めないのが、これほど気持ちが悪いことはない。
思い出される過去の記憶の女性から言われた言葉が頭を過る。
──人の気持ちがわかる人になりなさい。
誰に言われた言葉だったか、ガイは思い出せない。
確か女性、オボロと出会う前の話だということは覚えている。
一瞬、浮かびある長い髪をしたシルエット。
そこでガイは目覚めた。
◆◇◆◇◆
目に射し込む目映い日の光。
それを遮ろうとするガイの腕は動かなかった。ベッドに寝かされ、後ろに回された手に手錠のようなものを付けられている。
「……何処だ、ここは?」
真っ白な壁に包まれた四畳半ほどの狭いスペース。高い所に鉄格子の小さな窓に、ドアノブの無い扉が一つあるだけ。
小さなライトが一つ埋め込まれた天井を見上げ、ガイは深呼吸をしてから意識を集中させ心の声を聞く。
建物内にいる周囲の人物から場所を特定するのだ。
「…………フリー、ズ……FREES、イデアルフロートか……」
聞こえるのは職員の声だろうか、更に他の声を一つ一つ探る。
「……こいつじゃない…………そうだ、マコトは……オボロも…………違う……どこにいる……誰か、近づいて」
パタパタと軽い足音が部屋の外から聞こえる。ドアの前で止まり、ピッと電子音が鳴りドアのロックが解除された。ゆっくり扉が開くと白衣を着た少女が部屋に入ってきた。
「やっぱり、他人のそら似ってわけじゃあ無かったんだなァ」
嬉しそうに見せるのは一枚の書類だ。難しい言葉や記号などがズラリと並びガイには理解できない。
「ココとココが一致してるよなァ。つまりはそういうこと!」
シアラは動けないガイの胸に飛び込みベッドへ押し倒した。顔を押し付けて深呼吸をしだす。
「うーん、グッドスメル」
「重いんだよ、そこを退きやがれ!」
目眩がするくらい思考の情報量が多く白衣少女の思考が読めない。
「な……何なんだよ、お前はっ!?」
「ボクはヤマダ・シアラ。会いたかったよ、ボクのダディ」
にこり、とシアラは満面の顔で笑った。
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