#32 真薙真の赤き鎧

 胸騒ぎがして急ぎ駆けつけたサナナギ・マコトの《ビシューMk2》は目の前に広がる悲惨な光景を目撃する。


「……うぅ…………うっ」

 世界の住みたい都市ランキングのトップ10に入るほどの美しきセントラルシティは見る影もない。

 街全体を覆うドームの天井は穴だらけになり、ビルや道路には黒煙と共に破壊の痕が刻まれている。

 今日が年末の大イベントである“慈愛祭”で沢山の観光客で溢れ返っていた公園の大広場は、店主を失い横倒れになった露店の残骸があちらこちらに散乱している。


『大丈夫だよサヌァヌァギさん! 女神の力があれば、こんな地獄絵図はギャグ漫画みたいに次のページで元通りになってるからさァ』

 この状況を見て、えらく楽しそうにはしゃぐ白衣の少女ヤマダ・シアラからの通信。


『ま、早めに止めないといけないよなァ』

「それは……どっちのことを言ってるの?」

 マコトの視線の先にあるモノ。

 高速で飛び交う二機のSVが戦いを繰り広げていた。

 この場合、敵は細身の青白カラーな見慣れない武者SV、《Gアーク・アラタメ》である。が、こちらの方は攻撃の機会を伺い防戦一方を強いられている。


『どっちのこと言ってるんだと思うかなァ?』

 問題なのは味方であるはずの《ゴーイデア》の攻撃があまりにも苛烈だということだった。

 島のシンボルたる美しき女神は荒々しき戦神の如く、相手の休む暇など与えぬ猛烈な接近の連撃、砲撃の嵐を浴びせる。

 躊躇いのない攻撃の空振りは周囲の建物を崩し、その崩れた建物が別の建物を崩す。連鎖に次ぐ連鎖の被害が逃げまどう人々を頭上から襲った。


「こんな……量産機の、訓練用のビシューでどうやれっていうのよシアラちゃん」

『やっぱりナナナギしゃんには乗りなれてるSVがいいかなァっと思って倉庫から引っ張り出したのに……一応、性能は大急ぎで現行機レベルにまで改造してあるんだけどさァ』

 マコトの体感的にはそれほど、むしろ操作反応は悪く思えた。

 実際、マコトが愛用していた訓練機は親友であるメカニックのヨシカがマコトのために事細かく調整していたお陰もあり、快適な操縦を可能にしていた。


『それに一人じゃァないでしょ? 他にもアイオッド使用者がァ……いないね、もう。はァ~つぅっかえない!』

 スクリーンに投影されるセントラルシティのマップ画面にタッチして、撃墜された機体を表示する。

 マコトたち学生パイロット部隊とFREESの部隊はほぼ全滅に近い。生き残ったSVは避難誘導に手一杯で戦闘に参加することもままならなかった。


『とにかく前進あるのみッ! 島の未来は託したよ! ささささ、ゴォゴォゴォ!!』

 画面の向こうのシアラに急かされ、マコトの《ビシューMk2》は穴ボコだらけになった道路を注意しながらひた走る。


「…………トウコちゃん、どうしてこんなことするの?」

 マコトには不思議で仕方がなかった。

 破壊の限りを尽くしている《ゴーイデア》に、温厚な性格のトウコが乗っているなど信じられないし信じたくもない。

 機体の足元に目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。なるべく視界に入らないようにするが、恐怖でフットペダルを踏む足が震える。


「トウコちゃん! 本当にトウコちゃん? トウコちゃん!?」

 攻撃が当たらない近くまで行き、通信で《ゴーイデア》に呼び掛けを送ってはいるものの反応は無し。


『ちょっとそこの、遊びでは無いんですのよ?!』

 曲がり角から両手にマシンガン持ちのFREES量産機SV、《ゴラム》が現れる。この声は先日の特別野外活動の時にいた、いけすかない金髪少女の声だ。


『人探しなんて後にしなさい。今は女神様の援護をしなくちゃ』

 そういって駆け出す《ビシューMk2》は崩れたビルを踏み台にして《Gアーク・アラタメ》に颯爽と近付く。


『あわよくば私が島の敵を討って見せますわ!』

 背後、確実に敵を墜とせる絶好の位置を取った。まだ《Gアーク・アラタメ》は気付いていない今がチャンスである。金髪少女は迷わず銃口を向ける。


『え、消え……手っ?!』

 標準をロックしたのも束の間、突然の急上昇で《Gアーク・アラタメ》が目の前から姿を消す。それと入れ替わりで、真正面から飛来する《ゴーイデア》の巨大な右拳が、偶然にも金髪少女の《ビシューMk》のコクピットへ突撃。一撃で機体のボディを粉砕し、彼方へ通り過ぎていった。


『何か居たか今!?』

 トキオは身代わりを作ってしまったことに気づいていなかった。そんなことよりも《ゴーイデア》を一発で仕留めるためのタイミングを見付けるのに精一杯なのである。


『動きは素人。だから、必ず何処かに……隙があるぞッ!』

 片腕の腕が後方の彼方へ飛び、《ゴーイデア》のバリアが僅かに弱まっている今がチャンスだ、と《Gアーク・アラタメ》は透かさずライフルを片手で構え引き金を引く。だが、


『女神は誰にも傷一つ付けさせない!』

 颯爽と現れたのは青い西洋甲冑風の騎士型SV。

 ゼナス・ドラグストの《ノヴァリス》が《Gアーク・アラタメ》が放ったフォトン弾を、細身のサーベル剣で真っ二つに切り飛ばした。


『島の防衛隊が破壊神を庇うかッ?!』

『女神の、加護がある……加護があれば元通りになる、と』

『そんなホイホイ、人が簡単に生き返ってくれたら葬儀屋は不要だっつーんだ!』

 互いに接近戦を仕掛ける。稲妻を帯びるサーベルと対戦車カッター刃式ブレードが火花を散らす。


『そこのビシュー……何でそんな訓練機体が? 黙って見ている暇があったらすることがあるだろ!?』

 鍔迫り合いをしながら場違いな訓練機の《ビシュー》へ叫ぶゼナス。マコトが乗っていることには気付いていなかった。


「やることって、やることなんて…………私はトウコちゃん、止めなきゃ」

 これ以上に無駄な血を流させるわけにはいかない、とマコトは勇気を振り絞り《ビシュー》で《ゴーイデア》の前に立ちはだかる。


「トウコちゃん、止まらないと撃つよ!?」 

『それは違う、味方だぞ?!』

『余所見をしている暇があるのか青剣士!!』

 ビルの上で繰り広げられる《Gアーク・アラタメ》と《ノヴァリス》の空中戦。スピードとパワーはほぼ互角、あとは相手に隙を見せた方が負けだ。


「トウコちゃん!?」

 呼び掛けるも全く反応は無く《ゴーイデア》の視線の先は常に《Gアーク・アラタメ》を凝視している。何故、そこまであの見慣れない機体に固執しているのかマコトには想像もつかなかった。


「……見慣れない?」

 マコトの脳裏に何かが引っ掛かる。何か思い出せそうだが、今はそんなことを考えている暇はないのだ。


「こっちに振り向かせるだけなら、警告したからね?! 撃つよ!?」

 痺れを切らしたマコトの《ビシュー》は更に《ゴーイデア》に接近。ライフルの先を肩の装甲に押し付ける。

 すると、まだ撃ってはいないのにライフルが暴発。一瞬、振り向いた《ゴーイデア》から凄まじいプレッシャーを感じて《ビシュー》は謎の力に吹き飛ばされてる。機体の操作も効かず、そのまま猛烈な勢いでビルに激突した。


「…………」

 後頭部をシートにぶつけマコトは気絶する。


 ──どうして、こうなった?


 燃え盛るセントラルシティ。

 ボロボロの機体。

 薄れ行く意識の中でマコトは考える。


 ──アイツと出会ったせいだ。アイツと、あの赤いSVに……。


 こんな訳のわからない状況のまま死んでしまうのなら、早く島を出て実家に帰ればよかった、と後悔する。


『────! ────────?!』


 誰かがマコトを呼んでいる。耳元で煩く叫ぶ男の声にイライラした。


 ──みんな嫌いだ。何で、こんなに上手くいかない? あぁ、ああああァァァァーッ!!


 体が熱い。

 胸の奥底から煮えたぎるマグマが身体中から吹き出しそうだった。


 ──ゴッドグレイツ。貴方は……パパ?


 マコトの目の前に真紅の鎧が出現する。

 手に取ると優しい暖かみを感じた。

 何故だかとても懐かしい気分に思えて、こんな状況だというのに安心する。

 

 そして、少女は鎧を身に纏った。

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