《第六話 決戦のイデアルフロート》
#31 黒須十子の白き闇
十二月三十一日、午後二時。
毎年年末の恒例行事である女神を崇め祝う“慈愛祭”で賑わう人工島イデアルフロートに、天草時雄大佐が率いる〈統合連合軍〉艦隊が島に向けて攻撃を開始する。
この自体に対応するため出撃した五つの〈FREES〉SV部隊。
そして、海底から静観するレディムーンの〈リターナー〉の戦艦が、その時が来るまで、じっと身を潜めていた。
◆◇◆◇◆
『全くよぉ、年明け前だっつーのにブラック企業か統連軍の奴等ってのはぁーッ!』
スパイクの付いた巨大なタイヤが統合連合軍のSV、《尾州五式》を轢き潰す。
第四エリア・広い森林地帯や様々な動物や生息する自然ゾーンの頭(ヘッド)キサラズ・キサラの三輪駆動型SV、《ジーティ3》が海岸沿いを疾走する。
『引き殺されてぇのかッ!? コノヤローメ!』
『働かされているのはこっちだって同じダヨ……木更津クン』
多脚複腕の奇妙なSV、《アラクネ》を操る第八エリア担当リーダーことウシミツ・コクタロウは流れ作業のように四方八方から来る敵機を捌いていく。二丁の拳銃、二本のナイフを四つのアームに持つ《アラクネ》の攻撃は無駄の無い正確な動作で《尾州五式》のコクピットに狙い、確実に仕留める。
『弱い、弱い、少しは歯ごたえが欲しいヨネ』
『でぃりゃぁぁぁぁぁーッ!!』
叫ぶキサラはウシミツに負けじと《ジーティ3》のアクセルを吹かす。小型のエンジン付き手斧を振り回し、密集した《尾州五式》の間をすり抜けながら切りつける。
『木更津クン、後ろダヨ……』
『な、しまったっ!?』
岩陰に隠れていた《尾州五式》に背中を掴まれた。
一撃離脱戦法を得意とするの《ジーティ3》は接近からの攻撃に弱く、特に背面を直に取られたときの対処はかなり難しい。
万事休すか、と思われた。
『こちらはリターナーのアリス・アリア・マリア。あなた達に恨みはありませんが、ここで倒させてもらいます!』
突然、キサラの《ジーティ3》を掴む《尾州五式》の頭部が爆発と共に吹き飛んだ。一瞬、目の前を通った見えた弾の軌道の方向を向くと、海の底に何か光るものが確認できる。
レーダーに映る熱源の反応はSVが三機だ。
『自分から名乗るとは何だろうね、声だけ聞くと十代……後半くらいの女の子カナ?』
『リターナーだぁ?! 軍の運び屋風情が、何しに来たんだっつーんだよッッ!』
相手の拘束が緩んだ隙に《ジーティ3》は手斧に付いた加速装置のレバーを握る。刃の反対側に付いたブーストが点火し、その勢いのまま《尾州五式》を真っ二つに叩き切った。
『ミナモ! ヤマブキ! 遅れないでよ?!』
『本当にいいんスかぁ? 統連軍(あっち)はウチらのスポンサーで島側(こっち)も敵なのに三つ巴になるッスよ?』
『……、……月の命令は絶対なり。陽動、戦局を掻き乱すのが我々の目的』
キサラの窮地を救ったのは、海の中から現れた三機のカラフルなSV、アリスの《アマデウス》とミナモとヤマブキの《戦射(イクサイル)》だった。
『そうだよ、レディムーンの…………私一人でだってやれるのに……』
ふてくされるアリス。
元々、計画されていた奇襲による島中心部への攻撃にアリスと参加する予定だった。
前日の急な変更で戸惑うアリス達SVチームであったが、せっかく任された大仕事は必ず全うしてみせる、と心に誓う。
『時間稼ぎぐらい、やってやるんだから。今日までSVの訓練やってきた成果を、レディやガイに見せて驚かせるんだから……』
◇◆◇◆◇
静寂に包まれる薄暗いコクピットの中でクロス・トウコは胸のざわめきを押さえられなかった。
外はドームの厚い天井を突き破って現れたSVの登場に、公園の特設広場に集まった人々は叫び右往左往しているが《ゴーイデア》のトウコの興味はそこにはない。
「Gアーク…………そうね、私も嫌いよ。アレのせいで家族が路頭に迷うことになった」
思い出したくない昔の思い出が蘇る。
忘れもしない、まだ幼稚園ぐらいの年齢だったが鮮烈に覚えている。
その原因を作った父親が最後に見せた安らかな表情。
そして、父親をヨーヨーのように腕からロープで吊るすSVの姿を。
「消さなきゃ……あんなSVはこの世に存在してはいけないんだ」
冷静に敵を見据える蒼き左目。
激情し敵を睨む紅き右目。
感情の高ぶりによって網膜色素の変化する、トウコの両目に移植された〈アイオッドシステム〉は本来のモノと逆に付けられていた。
右脳と左脳の働きは「右が直感・感覚的」で「左が理屈・理論的」と言われている。
右目で見るモノは左脳で、左目で見るモノは右脳で判断する。
イデアルフロートで研究されている〈アイオッドシステム〉とはそれらの機能を活性化させるモノだ。
つまり、トウコの〈アイオッドシステム〉の場合は「激情しながらも理論的思考」と「冷静な直感的判断力」を有している特別仕様だ。
「マモリちゃん……ごめんね。この戦いが終われば、きっと貴方も解放されるはずだから。だから…………力を貸してちょうだい、ゴーイデア!」
神の台座からゆっくりと立ち上がる《ゴーイデア》は瞳から目映き光が迸った。
天に伸びる光線は《Gアーク・アラタメ》の両肩に装着されたシールドをじりじりと焼く。
『セミDNドライブ、アクティブ……フィールド出力、全開!』
シールドの表面に薄い膜のようなものが広がり《Gアーク・アラタメ》の全身を覆うと《ゴーイデア》から放たれたレーザーを後ろへと流れるように弾いていく。
『人に危害を加えるつもりはない! 死にたくなければ即刻この場から立ち去るがいい!』
天井に向けライフルで発砲し、外部スピーカーから怒鳴るように《Gアーク・アラタメ》のパイロット、トキオは叫んだ。
数百人単位で集まっていた一般人は我先にと逃げ出し現場は大混乱に陥る。
しかし、たかだか一機のSVだ。島の女神である《ゴーイデア》が負けるはずはない、と逃げずに見守ろうと安全な場所から観察する者もいる。
「……ここにいたら、邪魔なのに……」
『私は統合連合軍第二極東方面艦隊所属、天草時雄大佐である。そのSVは我々、統合連合軍が押収する。手荒な真似はこれ以上したくない。正義はこちらにある。投降するならば今の内だぞ』
そういうトキオは《Gアーク・アラタメ》が構えるライフルの銃口は《ゴーイデア》の頭部へ狙いを定めている。
少しでも妙な動きがあれば即、引き金を引く準備は出来ていた。
『どうする? 降参か?! 抵抗か!?』
「……うるさいなぁ。そういう態度が気に入らないのよ……!」
上から目線なトキオの言葉にトウコの表情が急変する。敵である《Gアーク・アラタメ》を見れば見るほど普段、出さないように押さえていた心の奥底に眠る暗い部分が大きく膨れ上がっていく。
「……駄目だ、堪えきれないよ。サナちゃん、私、頑張るから、直ぐに終わらせて見せるから……」
『返答なし、か。ならば力ずくで機体を奪わせてもらうっ!』
痺れを切らしたトキオは迷わずライフルのトリガーを引いた。
対模造獣用──数が減り今では生産数が少なった──の弾丸はキリモミ回転しながら目標の白い女神へ目掛けて降下する。
しかし、弾丸が《ゴーイデア》の額に触れた瞬間、空間に水の波紋のような揺らめきが浮かんで消失した。
『見えないバリアを張ったとでも言うのか?』
「……傷一つでも付けてみろ。今度はお前の頭を……っ!?」
トウコの言葉の途中で《ゴーイデア》の頭部に衝撃が走る。額から伸びる角飾りの片方が折れ曲がっていた。見上げると全身が虹色の膜に覆われている《Gアーク・アラタメ》のライフルから硝煙が立ち込める。
『くっ……体力的にセミDNドライブの使用は何度も出来ない。この一撃、一撃が大事だと言うのに』
「……お前、貴様ァァァァァァ……っ!」
咆哮。
ビルが、地面が、島が《ゴーイデア》の激しい怒号によって大きく震えた。そこにいる全ての人間の心を揺さぶり、異様なほどの恐怖へ陥れる。
◇◆◇◆◇
「……トウコちゃん?」
出撃準備中な《ビシューMk2》のコクピットの中で、マコトだけがトウコの悲痛な叫びを感じ取り、涙した。
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