#18 何となく

『ドーリィ1、2は3と4の援護! トドメはココロがヤるっ!!』

 ヒビ割れ、崩れていくコンクリートの地面を四体で約四メートル程の小さな無人SVが駆け抜ける。敵の《スレンディア》が放ったマシンガンの放射を脚部のジェット付きローラースケートで華麗に避けながら攪乱、近付いて小型爆弾を投げつけた。ダメージは微量であるが機体に一時的な機能障害を起こし、さらに噴射した桃色の煙幕で一帯を包み込む。


『ハンマーパンチ、潰れらぁっ!!』

 煙の中から現れた重たい拳が《スレンディア》の胸部にめり込んでいく。その衝撃に加えて拳の先端から青白い電撃が迸しり、パイロットごと完全な機能停止に追い込んだ。


『キャハっ! 悪い奴らは成敗BYE☆』

 相手の生死は問わず破壊せよ、と本部からの命令であった。ウサミは、いつものように機体に決めポージングさせると《ドーリィ》たちも集まって戦隊ヒーローのようだった。


「こ、これが宇佐美心の《ハーティア》なのか……」

 端から戦いを観察していたゼナスは戦慄する。


 特徴的なウサミミ型のアンテナに巨漢でド派手なピンクのカラーリングをしたボディと、四体の随伴機が脚部と背中に乗っかっている。

 そんな、ふざけた見た目とは裏腹に高い戦闘力を持っていた。それがウサミのパイロットとしての腕前か期待性能が良いせいかはゼナスにはわからない。


『本当はお披露目はもっと後になるはずだったのにちょーっと早すぎたかなぁ』

 島ではなく本土の工場に委託してウサミの誕生日で発表するつもりだったのだ。ウサミはFREESのSVパイロットとしてだけでなく、本業はイデアルフロートで開かれる子供向けイベントの司会や歌のお姉さんとしての顔を持つ。

 本来は《ハーティア》も戦闘用ではないし無人機の《ドーリィ》と呼ばれる小型マシンもウサミの要望でウサギ型にする予定だったが、換装が間に合わなかったのか装甲はフレームが丸出しで、無骨な可愛げの無いビジュアルを晒している。


『ねぇゼナスちゃーん。一般ピープルの避難はどうなってるのよ?』

「全て完了しています。あと一機、頑張ってください」

『頑張るゾイ!』

 警備隊のSVが戦っているエリアへと巨体を揺らして《ハーティア》は走り出す。

 その後ろ姿を見てゼナスは悔しい思いで一杯だった。

 本当ならば自分も戦いに出るのが男と言うものだが、謹慎中のためSVへの搭乗権を剥奪されている。

 しかし、それでもやれることはある。今は人命救助が最優先だ、とゼナスも急いで燃え盛る波止場を駆け出した。


「…………行ったみたいだねェ?」

 建物の影に隠れていたヤマダ・シアラがゼナスを見送る。


「で、どうするの姫様? 君も《女神》を呼ぶかい?」

 ビールケースにお行儀よく座るトウコにシアラは問いかける。


「イデアルフロートの私有地ですが、ここは本土です」

「それで?」

「私は……戦いません」

 黒煙の空を見上げたトウコは祈る。


「人死んでるよ? 癒しの力を使ってあげなよ?」

「駄目です。少なくとも今は」

「そうか、お姉ちゃんを待ってるんだァ? でも都合よくない? 何となくでわかるの?」

「……」

「隠さなくてもいいよ、あの《女神》からのお告げでしょ、どうせ。じゃあボクも待つからさァ」

 そう言ってシアラも転がっていたケースを拾ってきてトウコの隣に座る。


「……サナちゃん」

 これは彼女に与えられた試練なのだ。

 だから、敢えて力は使わないとトウコは決心する。

 あとは信じて祈り、その時を待った。



 ◇◆◇◆◇



 マコトは前日の夜からレディムーンが運転する高級そうな黒いスポーツカーに目隠しをされたまま乗せられて数時間が経過。

 現在、昼の一時になる。


「……もうそれ取ってもいいわよ」

 レディムーンは肘で眠っているマコトの脇腹を小突いた。


「んんぅ……」

 正直、まだ起きたくない気分だがレディムーンの執拗な攻撃に仕方なくアイマスクを外した。


「ふぁ~……痒い」

 ついでに二重になっていた左目の眼帯も取りたかったが、衛生的に今ここで取るわけにはいかない。マコトはアイマスクと入れ替わりにケースから取り出した眼鏡を装着する。


「良い眼鏡ね。昔、似たような赤縁の掛けてたわ。今はこのサングラスだけど……スゴいのよコレ? ウェアラブルデバイスになってて視線で操作が可能なのよ」

「…………そうですか」

 他愛のない雑談を投げ掛けるレディムーンだったがマコトは乗り気では無かった。上の空で何となく遠くの景色を眺めているのは、車酔いを避けるためであると同時にレディムーンを視界に入れたくなかったのだ。どうにも彼女は信用できない、と直感がそうさせる。


「ねぇ、お腹空かない? どっか寄る?」

 山道を抜けると遠くから民家がちらほらと見えてくる。その先を少し行くと名前も知らないコンビニやファミレス店が現れ興味を惹かれたが、早く島へ帰りたいのでマコトは我慢する。


「いいです、直行で……て言うか良いんですか?」

「何が?」

「何がって、レディさんリターナーの司令官なんでしょ?」

「呼び方は司令官じゃなくリーダーね……うわっ今の車危ないなぁ」

 県民性なのか、だから交通事故ワースト1位を脱っせないんだ、とレディムーンは安全運転に気を配って直線の通りをひた走る。


「そのリーダーが基地を離れて大丈夫なのかなって……ぶっちゃけ島と敵対してるってテロリストグループなんじゃ」

「一応は私たち統合連合軍極東方面部隊の参加なのよ。対してイデアルフロートは日本と言う国家に属しながら独立した権限で動く特別な島……いえ、裏では多くの国が島での活動を援助している」

「はぁ……」

 その辺りに関してマコトはゴシップ記事やネットで見たことがあり、知らないことじゃない。寧ろ、それだけ有ること無いこと話題に欠かさないからこそイデアルフロートのSV学校を選んだと言うわけなのだ。


「イデアルフロートが何をやろうとしてるか知ってる?」

「それは新しい時代を活躍する様々な職種の人員を育成、教育することでしょ。それを世界に発信する」

「その先ね。問題なのは……世界なんかじゃない」

 とレディムーンが握っているステアリングに力が入り、グリップラバーがギリギリと音を立てる。赤信号なのが幸いしてプレーキペダルを踏みつけてしまって良かった、と同時に気を付けよう自分を律した。


「じゃあ宇宙とか? 良いじゃないですか、レディさんは何が気に食わないんです?」

「…………貴女は、あの紅い頭部だけのSVをどう思ってる? 確か《ジーオッド》と言ったかしら。大変、危険なマシンなようだけど……学園の中にあって、貴女にだけ反応を示してるみたいね?」

「知らないですよ……それに動かしてたのはキズのバカだったしに」

 何となくだがマコトは嘘を付いてしまった。薄ぼんやりとした記憶で感じる《ジーオッド》の声は懐かしくもありとても安心する。だが、それはマコトが〈ベイルアウター〉などと呼ばれるようになってから頭の中で木霊する“警告”にも似ていた。


「おかしな薬のせいで相当、貴女の体の中ボロボロよ。パイロットになるのにそこまでする必要あるの? 最終的に《ジーオッド》に乗るために貴女がいるんじゃなくて?」

「……特別なSVを用意してあるとは聞いたこと有ります」

「それで?」

「それだけですよ」

「そんなに優秀なの貴女? そうは見えないけど」

「喧嘩、売ってるんですか?」

 マコトが睨む。さすがに言い過ぎた、とレディムーンも顔には出さないが反省する。


「いやいや……ただね、記録を見てもそこまで待遇の良い学校なのかなと。表向きの特典にしては物騒ね、あの《ジーオッド》は……まるで戦争でも始めるみたい」

「宇宙人との戦いは二十年前に終わったんでしょ。でも、島を襲うテロリストとか居るし、世界情勢も何かと不安定だから」

「イデアルフロートが必要?」

「…………話題がループしそうですね」

 飽きたとばかりに大あくびをしてみせるマコト。カーナビを確認すると目的地までは目と鼻の先だった。前方を走る車も少なく順調なように見えた。


「やけに空いてるわね向こう側」

 窓を開けてレディムーンが顔を出す。山道へ向かう反対車線が三列もあるにも異様なほとに渋滞し、クラクションを何度も鳴らす車で一杯だったた。


「祭、はまだ時期早い……何か騒ぎ?」

 ドンドン、と空に打ち上がるその爆発は花火などではなかい。きらびやかとは無縁の黒煙を振り撒き、鉄の破片を周囲に撒き散らした。高い建物の隙間から人型の影が見える。


「黒いSV……あれは《スレンディア》ね。“蛇足”の残党か……」

 近づくに連れて埠頭の様子がはっきりとわかる。警備のSVと黒いSV、パイパーレッグの《スレンディア》が交戦している。建物は破壊され、逃げようと港を離れた船が沈没しそうで人々がボートで脱出していた。


「残念だけどもう船は出せないみたいね。基地に帰りましょうか」

「お、応援は出さないんですか?」

「イデアルフロートと潰しあってくれるなら私は構わない」

 レディムーンは冷めた表情で目の前の惨状を見つめると、車を切り返して来た道を引き返そうとする。


「ちょっと何処、行くの?」

 走行中にも関わらずマコトは車のドアを開けるので、とっさにレディムーンが腕を掴んで引き止めた。


「島とレディさんの間に何があったかは知らないですけど。私にとっては大事な場所なんです。だから行きます!」

 レディムーンの制止を振り払い、マコトは外へと飛び出す。

 別に正義感に駆られて体が動いた訳じゃない。何となくレディムーンの態度が癪に障ったからであった。

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