《第一話 夢見る少女じゃいられない》
#01 プロローグ・首都炎上
西暦2057年
十二月三十一日。
◆◇◆◇◆
薄暗いコクピットの中で、赤い眼鏡をかけた少女は頭を抱えて己の不幸を呪った。
一体何故、こんな事になってしまったのだろうか。
自分の運の無さは自他共に認める不幸体質なのである。
人に自慢できるぐらいの迷エピソードが満載にあるのだが、今回はこれまでの人生十六年間も生きてきた中でワースト5位内に入るほどだ。
「どうして、こうなった?」
ため息と共に思わず口に出してしまう。
それもこれも、あの春の日に“アイツ”と出会ってしまったからだ。
こんな事になるならば素直に荷物を畳んで実家へと帰るべきだった、と今更ながら後悔するが時、既に遅い。
『おい、マコトしっかりしろよ! 死にたくなかったらレバーをしっかり握って力を込めろ! ぐずぐずしてると奴が来るぞ!』
真っ赤に燃える街を映し出すコクピットの全周囲スクリーンの脇で、外部通信の小型ウインドウが開かれる。
左目に古傷のある青年が、スピーカーの音が割れてハウリングするほどに大きな声で叫んだ。
「……るさい……」
少女──マコト──の背後には崩れたビル。周囲には瓦礫が散乱し、一階から三階までの通路が外から丸出しになっていた。
マコトの機体は攻撃を受けて吹き飛んだらしい。ヒリヒリと背中が痛いことにようやく気付いた。
『さっさと立てマコト! やられたいのかよ?!』
モニター越しに傷の青年は、画面に顔が収まりきらないほどアップで近付いて怒鳴り急かしてくる。
「なら、手ぐらい貸してくれたっていいでしょ!」
『オイオイ、マコトさんよ………俺の機体に手は無いだろ?!』
馴れ馴れしい青年の呼び捨てマコトは苛つく。
自分の元に来たのは白馬の王子様なんかではなく、何故こんな粗暴で嫌な奴なのだろう、とズレた眼鏡を直しながら落胆する。
そんな彼女が今乗っている緑色のロボットは通称SV──サーヴァント──と呼ばれる人型巨大兵器である。
ごつごつとボディが角張った武骨なデザインの一つ目の単眼カメラが特長的な訓練用機械巨人、その名を《ビシュー》は投げ出された両足を引きつつビルに食い込んだ背中を引き剥がし、重い腰をゆっくりと上げて身を起こした。
『急げ急げ、起きろ起きろ!』
そんな事ぐらいは分かっているんだよウルセーな、とマコトは心の中で青年に対して舌打ちするも、相手のモニターに映るだろう表情だけは“か弱い”女の子を演じてみせた。
「だ……だって、何で戦わなければいけないのよ!? アレに乗ってるのは…………っ」
マコトが指を差す動きと連動して、同時に《ビシュー》も腕を動かし正面から迫り来る敵SVに指先を向ける。
その神々しさ、彫刻の様に美しい女神の容貌をした巨大SVが、今まさに細い右腕に装着された丸い盾から光線をマコトのSVに目掛けて発射しようとエネルギーを溜めていた。
「そんな……い、いやぁっ!」
『させるかってんだァーッ!』
庇うように横から入り込んで来たのは傷の青年のSVである。
その姿は手足が無く胸部と頭部だけ。そして緋色と碧色の双眸をした真紅の鎧だった。
自機の周囲に薄い透明なバリアフィールドを発生させながら浮遊する《鎧SV》は、威圧感のある鋭い眼差しで《女神SV》へと正面から猛スピードで突撃する。
『あの機体に、傷を付けさせんと言っただろー!!』
突然、傷の青年の前で空間が歪み始める。
何も無い所から瞬間的に現れたのはプリズムな光りを輝やかせる装甲をした騎士型のSVだった。
西洋の甲冑を思わせる高貴なデザインをしたSVが《鎧SV》のボディを電撃を纏った細身のロングブレードで弾き飛ばす。
『やっぱり出てきやがったか、この陰険トカゲ糞ヤロウッ!!』
飛ばされる《鎧SV》は空中で縦回転しながら中の傷の青年は因縁の相手に向かって叫ぶ。
『誰が陰険トカゲだ、このマヌケ猿めがァ!』
『俺にはガイっていうちゃんとした名前があんだよ、それぐらい覚えとけよドラムスコッ!!」
『ドラムスコてっ……私の名はゼナスだ!』
傷の青年ガイは《鎧SV》が突っ込んだビルの中から、機体の勢いで瓦礫を弾き飛ばしながら体勢を立て直した。醜い口喧嘩をしてる二人を止めるべく、マコトの《ビシュー》は二機の間に入る。
「や、止めてよ二人とも!」
『その声は……やはり、その《ビシュー》を持ち出したのはサナナギ・マコトだったか。何故ベイルアウターの君が、こんな男と一緒に居る?!』
マコトの《ビシュー》に近付こうとする《騎士SV》に《鎧SV》は威嚇射撃のビームを放って妨害、後ろへと下がらせる。
「貴様がたぶらかしたのか?!」
『お前にゃあ関係ねーこった! マコトォ、久しぶりに“合体”するぞ?!』
この場の状況を打開する為にガイは《鎧SV》を黒煙が立ち込める空へと急上昇させ。
「は、えっ?! いやだよ、何でアンタと……合体なんてもうするわけないじゃん! だって、アレに乗ってるのは敵じゃない、騎士様とも味方同士でしょ私達!?」
『俺にとってはこいつ関係ないね。敵にだということに変わりはない!』
ガイはマコトの言葉を無視するかの様に合体シーケンスに入る。
その一方で進軍する《女神SV》は胸部の機関砲をマコトの《ビシュー》に向けて放つ。落ちていたSV用シールドを拾って防ぎながら逃げるマコトの《ビシュー》の後を《騎士SV》が追跡する。
『俺達の行く道を邪魔する奴らは誰だろうとブッ飛ばすんだ! お前、変わりたいんじゃ無かったのかよ?!』
『破廉恥な奴め……彼女を解放しろ。アカデミーを辞めるとは言え、まだ大事な後輩に変わりは無い。今ならば、あの二人を殺めた事を私から情状酌量の余地があると上に報告も出来るかもしれない』
ゆったりと歩み寄る《騎士SV》がマコトの《ビシュー》に手を差し伸べるが、またしても《鎧SV》の瞳から発射された二色のビームに阻まれて失敗する。
『俺が断るッ!』
「勝手に断らないでよっ!」
更に追い討ちをかけるように小型ミサイルの雨が一同に降り注ぐ。その狙いは《騎士SV》だけであったが、弾頭の軌道を読んで合間を上手くすり抜け避けられてしまった。
『む、仲間を呼んだのかっ?!』
「オボロ……ちゃん?」
ビル影に隠れる《騎士SV》はレーダーで周囲を確認しながらミサイルの落ちてきた方向を見上げる。
「やぁやぁやぁ、待たせたな小僧共よ!」
悠然と空飛ぶ将棋の駒の様な戦闘機。その先端部で仁王立ちするのは、神社の巫女服を着た少女だった。不敵な笑みを浮かべてマコト達を見下ろしている。
『おっせーぞババア! あと、あぶねぇわバカヤロウ!』
「主役は最後に来ると言うだろう。助けてやったんだ感謝ぐらいしたらどうだクソガキよ?」
どう見ても外見はマコトよりも年下に見える小学生くらいの少女と傷の青年が言い争う。
『まぁいい、これで三人揃った。これでなら《ジーオッド》の力で、あの女神をブッ飛ばせるかもしれない』
『やれるなマコトよ……お前なら使いこなせるかもしれない』
「いや、だから私は」
『ジーオッド、偉大合神ッ!!』
マコトの意思は無視され、三機は合体シーケンスに突入する。輝く粒子の嵐が一体を包み込んで、光に触れた建物は塵になって消滅。その様子を《女神SV》は攻撃の構えを解除し眺めていた。
『元が量産機であるビシューとは言え、合体した奴らの力は危険……しかし《女神》を一刻も早く止めねば、世界は…………くそっ』
空に浮かぶ光の球体を《騎士SV》の腕部フォトンガンで狙い撃つが、同性質で出来ている為に、フォトンの弾丸は全て弾かれてしまい打つ手はなかった。
球体内部では強制的に操縦不能になった《ビシュー》を中心として残りの二機が姿を分離、可変させたいた。バラバラになったパーツは《ビシュー》の元へと集まっていく。
『フォトンフィールド形成。各部パーツ接続。DNドライブ、エネルギー上昇……小僧、やれ』
「あっ、あぁ……っ」
コクピットのマコトは体が熱さで苦しみ、もがいていた。パーツが《ビシュー》に装着される度、マコトの血液が沸騰してるかの様に燃えている感覚があった。
『サーフィス・シュラウド!』
直立不動な体勢の《ビシュー》の頭上から《鎧SV》が無理矢理に覆い被さると、マコトの体は震えが止まらず絶頂に達してしまう。
完成した姿を現す真紅の巨神の名を、マコトはガイと共に叫んだ。
「「ゴッドグレイツッッ!!」」
包まれていた粒子が辺りに弾け飛ぶと、その全貌が明らかになる。
グリーンカラーの《ビシュー》の全身が赤く分厚い装甲で固められ、頭部から伸びる六つの角飾りは、まるで悪魔や鬼を思わせる出で立ちをした異形のSVであった。
一人用の狭い《ビシュー》のコクピット内では何時の間にか複座型になり、ガイがマコトの後ろのシートに腕を組んで座っている。
「……」
「ひやひやしたぜ。そっちは大丈夫か?」
『あぁ、だがGA因子が安定しないか……リミットは三分って所だな。小僧、マコトをちゃんと見てやれよ?』
背部の第二操縦席から巫女少女の通信が入る。
「分かってるって。さぁ思いっきりやってやろうぜ、なぁマコト?!」
「……壊して、やる……」
腕がすっぽり入る操作アームに手を入れて力強く握るマコト。足元に眼鏡とヘアピンを落とした彼女の目の色が変わった。
視力の悪かった彼女の瞳は、目の前に立ちはだかる《女神SV》を鋭い眼光ではっきりと見据えていた。
瞳孔は開き、血走った目、先程までのオドオドした彼女とは別人になっている。
「敵……目の前の怖いもの全部、私が壊してやる。貴方も! ガイ、お前も! 皆、皆、皆、敵はブッ壊すッ!!」
鎧を装いし真の姫は、燃え盛る焔を纏う紅蓮の魔神──《ゴッドグレイツ》──を駆り出した。
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