402 ガン病棟のピーターラビット

08.07/ポプラ文庫


【評】う


● 闘病ごはん日記


 07年末から08年初頭にかけて、国立ガンセンターへ入院した時の闘病記。


 あずさはご飯が大好き!

 ……というのが第一印象。

 もうむしろ病気のことよりご飯のこと書いてる部分のが多いんじゃねえか? という按配。

 入院したら絶食を申し渡されて食いしん坊(と自分で書いていた)のあずさはいや~ん、という話にはじまり、手術あけには病院食が出て「三分粥ウマー」で、数日したら飽きて「マズー」で、仕方ないからヨーグルト食べて「ウマー」で、合間合間にグルメ本読んで「今はこんなの食べられないけど、べ、べつに食べたくないんですからね!」とツンデレして、外の築地市場眺めては「ほ、ほんとにあんなところ行きたくないんですからね!」とツンデレして、「納豆!納豆!」と普段の献立に思いを馳せて、大好きな精進料理エッセイの作者のことを延々と語り「ソ・ウ・ル!ソ・ウ・ル!」とソウルフード宣言して、退院が許されたら「米が食える米が食える米が食えるぞー!」と小躍りしながらうちの米自慢をし、退院して一ヶ月経てば母と一緒に三時のおやつにケーキ食べて「ほ、ほんとに一口だけなんですからね!」と云いながら和菓子は平らげるお茶目っぷりも発揮しながら「来年の上海ガニは食べれるかしらん」と心配するという、一冊のエッセイでこれだけご飯のことが書けるあずさの才能に嫉妬。

 つうか60の旦那と25の息子との三人暮らしで米10キロを十日で消費は異常。お前ら全員食いすぎ。毎日のように吐くほど食ってるおれが月5キロ程度だというのに……


 そんなご飯の話の合間合間に、病気に関することが書かれているんですが、とにかく「あれ?この話さっきも見たような?」ということの繰り返しで、ご飯の話はバリエーション豊かなのに、病気の部分はわりと似たような話が多く、病気をしてのちの精神面での話は「どんどん書くよー」の一点張りで、別にいつもと変わらない。

 退屈だから本を読んでたという話もちらほら出て、その項を読んで思ったことは「おれ、梓と読書の嗜好がまるでちげえな」ということだった。ミステリーにもSFにもファンタジーにもまるで興味がないってのはどうなんだろう、と素直に思った。よしながふみが大好きだし。テレプシコーラとか楽しみにしてるし(おれは全力を出さない山岸涼子を否定しつづけるぜ!)

 それでも、昔の文学名作を読み直したのは梓でかしたって感じだった。


 でも、やっぱ全体的に文章がいただけない。

 最初の方は、なにか思うところがあったのか、ずいぶんと改まった丁寧な書き方で、まったく似合わなくて逆に気持ち悪い感じだったのだが、数十ページ後にはもういつも通りの嗚呼神楽坂。やっぱりネットの日記ではないエッセイで(爆)とか顔文字とか使って欲しくないというのがあるし、お願いだから自分の文を校正して欲しいというのがある。一文に二回も「まあ」とか「とにかく」とか入れないで欲しい。うっかり入れてしまうのは理解できるが、ちゃんと直してよ、そういうの。

 作者の発案なのか編集の仕業なのか、闘病記なのに日付が前後しているのも意味がわからない。病状が前後してわかり辛いし「前にも書いたように」という、その「前」がページ的には後ろにあったり、とにかく日付を入れ替えた意味がまったくわからない。


 このように崩れた文章を見ていると、同じ内容でも昔の文章なら感動できたんだろうなあ、としみじみしてしまう。やはり文章家にとって文章の劣化は致命的だ。ストーリー物ならまだしも、エッセイなんてこの作中で梓が云っている通り「作者と膝つきあわせて話しているようなもの」だから、その話ぶりが魅力的でなければ聞きたくなるはずもない。

 つうか、作中で「ダメなエッセイが多い」と書いていたが、よりによってお前が書くな、お前が(爆)という気持ちでいっぱいになった。説得力のなさがマキシマム。


 自分には問題なかったが、せっかくのガン闘病記という一般性のある題材なのに、文の内容が栗本薫・中島梓の活動や著作を知悉していること前提で書かれており、注釈も全くないため、完全にファン向けのものとなっているのが気になった。そりゃあさあ、作者も出版社もそれ以上のことは望んでないのかもしれないけど、やっぱり一冊の闘病記として独立した作品であって欲しいよ、ぼくは。

 梓のエッセイ、昔はそれ単品でも楽しめたじゃん。栗本薫作品についてはサラッと説明したり注釈入れたりもしたじゃん。

 前向こうよ、上を見ようよ。

 最初のかしこまった書き方、全然こなれてなかったけど、あとのよりはマシだったよ。せめてあれくらいのやる気出そうよ。やっぱり薫に足りないのは、能力よりもやる気だよ、丁寧さだよ。

 書きつづけるのは素晴らしいことさ。病床でも書きつづけたことは評価に値するよ。死ぬまで書きつづけるという宣言も美しいよ。

でも、おれは、垂れ流した十冊よりも、気合の入った一冊が読みたいよ。

 せめて、あと一度だけでいい。栗本薫の新作で、おれは泣きたいよ。

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