286 マルガ・サーガ 1 凶星(同人誌)

00.08/天狼プロダクション


【評】う


● グインファンを揺るがせた最大の問題作


 栗本薫の代表作『グイン・サーガ』の重要キャラ、アルド・ナリスとヴァレリウスを描いたホモ本。

 本作は、天狼叢書の中でもおそらくもっとも多くの人に読まれ、そして愕然とさせた問題作だろう。なにせ『グイン・サーガ』本編のあとがきで宣伝し「これは正史」と折にふれて云っておりましたので、熱心なファンだったら気にならざるを得ないというもの。そして熱心なファンほど読んで愕然とするというもの。

 中身は短編集となっており、その内訳は『凶星――新月のマルガ』『マルガ/夜明け前』『ふたり』『恋い知らず――カイ――』『楽士の恋』の全五作になってはいるが、基本的には続き物。

 内容はヴァレリウスがひたすらナリスを押し倒しているとしか表現のしようがない。本編で、ある日突然にナリスがいたいけなお姫様化し、ナリスに惹かれながらも憎たらしくも思っていたはずのヴァレリウスが「おれの姫……」とかうっとりしはじめて、唐突過ぎてポカーンとした人は多い、というかほとんどだと思いますが、その真実はここでこうしてハメハメしていたからです、というオチ。

 今作のせいでグイン本編が、いたいけなナリス様の死ぬ死ぬ詐欺とヴァレリウスの「おお、なんという……」をぐだぐだと何回も繰り返すはめになったため、A級戦犯であることは間違いない。

 一応も二応も健全な正統派のファンタジーであって、そのつもりで読んでいた人も多いであろうに、なぜ堂々と本編あとがきで宣伝までしてしまったのか、まわりの人間は止めなかったのか、特に早川もなぜ止めなかったのか。書いてしまったこともさることながら、その体制にも疑問を感じざるを得ない問題作であった。


 それにしても今作のヴァレリウス、ハメながら腰を動かしながらようもまあしゃべるしゃべる。さすか知性派の上級魔導士さんですねと皮肉の一つも云いたくなり、その後げんなりしてなにも云いたくなくなるくらい、ハメている間中、ず~~~~とうわごとをつぶやいている。童貞の初体験らしからぬ耐久力にも肺活量にも脱帽や。脱帽してそのまま見なかったことにしたいくらいや。

 参考までに、以下にその一文を引用する。



 「苦しいでしょう。それにさぞかし痛いでしょうね。……こんな状態のあなたにこんなことをするなんて――どんな悪魔だってためらうでしょうに……でも私は……やめませんよ。決して――あなたがこのまま死んでしまっても――動くのをやめませんよ。これが――これが私の愛なのですから。これがあなたの欲しがった私の――私のすべてですよ……痛いですか? ――大丈夫。あなたがもし――私の下で苦痛と屈辱のあまり息絶えてしまったら――間違いなく、私はあなたのあとを追って――すぐに毒をあおって殉死しますからね。何も怖くありませんよ……一人で死ぬことはもうあなたは決してないんです。私を――私をこうして手に入れたんですから……たとえドールの黄泉にだって、私はあなたを一人でいかせやしませんよ、もう離さない――それがあなたの望みだったんでしょう? あなたの――一生の……だのにいつだってあなたはそれをおそれていた。――手にいれることをおそれつづけながら手にいれることをのぞみつづけていた……一方で追い払おうとしながら一方でひきよせようとしていた……その垣をふみこえてこうしておそいかかり、おどりかかってあなたを侵してしまう存在を、あなたはずっと求めていたのでしょう? ……だから、あれほどに――私を誘惑し――私がとうとう狂ってしまってあなた以外のものは何ひとつなくなるまで――私を追い詰めたのでしょう? ……いいですとも――ナリスさま。ああ、お綺麗ですよ、ナリスさま――その苦痛にゆがんだ顔も、血にまみれた唇も――この世のものとも思われぬほど、美しいですよ。ナリスさま、ナリスさま――私はあなたのものです。未来永劫、私はあなたのものです。……まだ気を失わないで……私のいうことを全部きいて……ナリスさまっ!」



 本編でナリスが死んだとき、あとがきで「マルガ・サーガを書いてよかった。あの日々があったからナリスは救われる」とやたらめったら感極まっていたのが印象深いが、ナリスは(というか作者は)救われたのかもしれないが、読者はドールの黄泉に叩き落されましたよ、ええ。

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