273 グイン・サーガ外伝16 蜃気楼の少女

1999.09/ハヤカワ文庫

<電子書籍> 有


【評】うな(゚◎゚)


● カナン帝国滅亡の謎よりもセム


 無事にシルヴィア姫を取り戻したグインは、帰路にノスフェラス横断を選んだ。ザザとウーラの案内のもと、危険もなく砂漠を行く一行だったが、突如として訪れた幽霊が、グインに幻を見せる。それははるか古のカナン帝国が滅びる、その光景だった――




 だいたいみんなわかっていたカナン帝国滅亡とノスフェラス誕生の原因がわかるお話だ。

 在りし日のカナンの都の姿を、そこに暮らす人々の悲劇的な、けれども在り来たりな人生を、交錯させるように描いているのがなかなか良い。カナンの光景の元ネタは、栗本薫が十代のころにハマっていた古代ローマを描いた大河小説『クォ・ヴァディス』であろうか。

 働きに出た家の女主人に乱暴される少女と、悪女の肉体に溺れ少女を裏切る恋人。不具の肉体で吟遊詩人に想いを寄せる貴族と、貴族の想いを受け入れながら自由は奪わせない吟遊詩人の破滅。悩む若き帝王と、肉欲で王を支配する悪辣な剣闘士。

 それらの希望も絶望も飲み込んで突然に訪れる破滅は、現代社会にも通じる普遍的なものがある。


 その後で描かれる宇宙戦争の光景は(うん、まあ、この小説がはじまってからもう二十年経っているからね。仕方ないね)と思うしかない古臭さである。しかし葉巻型の宇宙船と円盤型の宇宙船って、まんまですがな……。《調整者》という存在が明かされたのが、設定的な収穫といえば収穫であろうか。いやまあ、明かされたところでそんなところにたどりつくことなく作者が死ぬからどうなるわけでもないんですけどね……!


 ともあれ、カナンの崩壊とノスフェラスの誕生を外伝一冊で語ったのは、なかなかにまとまりがよく、久々に外伝らしい外伝で感触は良い。

 が、最後の章でセム族とラゴン族に再会するシーンのほうが圧倒的に良く、「カナン帝国なんてどうでもよかったんや!」という気持ちが湧きあがる。

 立派な族長となっているシバ、跡継ぎに譲る日が近づいているドードー、結婚を間近に控えているかつてグインに水を与えたラゴンの少女。大河小説ならではの感動がここにある。グイン・サーガがこうしたファンタジー、および大河物語として風変わりでそして優れていると思うのは、ノスフェラスという化け物に満ちた荒野を、いつか帰る郷愁の地として主人公と読者に刷り込んでいるところだ。中原を描く本編の合間に、ふっとノスフェラスの風を感じる瞬間、なんとも云えない想いがあふれてくるのは、この物語ならではの感慨だ。

 遠巻きに一行を見るグラチウスの言葉も、この長い外伝シリーズが終わり、いよいよグインが本編に戻ることを思わせ、キタイ編のエピローグとしては申し分のない一冊である。


 しかし、どう見ても途中から作者が気に入ってしまったとはいえ、さすがに淫魔ユリウスはキタイ編で殺してしまってよかったんじゃないかな……。いや、グラチウスをインキンだのインポだの(伏せ字にはなってたけどね)言い放つ姿に面白みを感じないと云えば嘘になるけど、しでかしたことを考えると馴れ合う相手じゃないし、ストーリー的にグラチウスがまだ倒せないなら、せめてユリウスぶち殺さないと残尿感がね……まあ薫がピー音トークにハマっているから仕方ないね……。


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