101 真夜中の鎮魂歌

1986.11/角川ノベルズ

1988.01/角川文庫

<電子書籍> 無

【評】うな


● 正統派ナマモノ同人


 港町でふらふらと生きている不良青年の今西良には、天才的なトランペットの才能があった。天才ジャズピアニストと称されながらヤクザとの揉め事で左手首を切断された風間四郎は、良の才能を見抜き執着するのだが、世界への不信に満ちた良はあてのない彷徨を続ける……

 という感じですけど、ま、一言で云うと沢田研二主演のテレビドラマ『悪魔のようなあいつ』の二次創作。それ以上でもそれ以下でもない。だってそのまんまだもの……などと云ってしまえば元も子もないですが。

 先の項でも述べたとおり、この作品の原題は『真夜中の天使』で、執筆順で云えば『真夜中の天使』よりも『翼あるもの』よりも先に書かれた、いわばジョニーこと今西良のデビュー作でもある。ゆえに、というべきか、ここに描かれているジョニーは、後の作品よりも元ネタに近い。『悪魔のようなあいつ』の主人公・可門良そのまんまとしか云いようがないレベルで、本当にそっくりそのまんまだ。

 そっくりなのは主人公だけでなく、風間四郎もまた『悪魔のようなあいつ』で藤竜也演じた元刑事の野々村そのまんまだし、舞台となっている港町の雰囲気もドラマの舞台そのまんまだ。なぜか出てくる暴走族少女とかまでも本当にそのまんまで、これ大丈夫なんですかとこっちが心配になるくらいに本当にそのまんま。


 ただ、悲しいかな、作品としての完成度は『悪魔のようなあいつ』に比べて圧倒的に劣る。そもそも『悪魔の~』は時効間近の三億円事件の犯人という、明確なモチーフがあるために、主人公の周りできな臭い人がうろつきまわっていることも必然であり、主人公がなぜ、どうやって三億円を盗みどこに隠しているのか、最後まで逃げ切れられるのか、という部分だけでも十分に視聴者をひきつける要素となっていた。

 その上で男女を問わず魅了し、あらゆる場をかき乱すジュリーのあやうい魅力と、そのジュリーに愛情とも家族のような情ともつかぬ執着をみせる藤竜也の妙演が際立っていた。

 対して今作の風間四郎は、良のトランペットの腕前にほれこんで、ということになってはいるが、あまり音楽へのこだわりを感じないせいか、どう見てもただのホモのストーカーにしか見えない。良が天才ラッパふきであるというのも、読んでいてそう思えるようなシーンがないし、結果的にストーリーになんの関係もないためどうでもいい死に設定になってしまっている。

 また元ネタでは中盤から人間関係がさらにややこしくなりつつ捜査が着実に外堀を埋めていくとともに、ジュリーが不治の病で余命幾ばくもないことも判明し、元刑事の野々村は執着をあらわにし、野々村の元女房は娼婦をしながらジュリーに執着し、ジュリーの妹も余命幾ばくもなく、まわりの人間すべてがジュリーを軸に人生が破滅していき、おいおいこんな盛り沢山でどうするんだよという、やりすぎて笑ってしまうレベルのつめこみがなされていたが、今作の方はじつにスカスカ。

 良は本当になんの目的もなくふらふらしているだけの立派なニートだし、風間さんはその良をひたすらストーキングしてるだけの立派なホモストーカー。二人とも特に目的がなくふらふらして、最後に唐突に風間さんがきれて良をぶち殺して心中するだけ。なんじゃこりゃ、という展開と云わざるを得ない。

 おそらく元ネタでの心中まがいの破滅劇に対して、意外と丁寧に描いていた細かい部分をすっとばし、萌えツボである男同士の心中という部分ばかりを覚えていてそれを再現してしまったのだろうが、そこだけ再現されても……。困ったら心中エンドにするのはこの後も栗本薫の常套手段となるわけだが、今作ほどとりあえず心中してしまった感じの作品はさすがに少ない。


 この作品のもう一つの特徴は、ハードボイルドにいかれていたのか、やたらと体言止めを駆使したはずかしい文体で、この文体はさすがに今作でしかお目にかかれない。出版するにあたって執筆当時のテイストを残しつつもかなり大幅に手を入れたらしいが、それでも五分に一回くらいは噴出してしまいそうになるほどザーキなこっぱずかしさに満ちあふれている。この中学生のポエムノートめいた、黒歴史の塊のような文体を見るためだけでも、ある意味読む価値はあるかもしれない。ホントこんなのなかなかないよ。

 ただ、そう云いながらもラストの一文。

 

海へ。


 このキザすぎる〆かたにちょっとしびれてしまっている自分を否定することはできない。

 

 ストーリー自体は元ネタそのまんまで、かつ大幅劣化しているためとうてい評価することは出来ず、文体は恥ずかしいの一言で、そもそも栗本薫自身にしてからが出版するつもりがなかったというほどの習作であるからして、まともな意味で読む価値があるかないかで云えば、ハッキリないと思う。

 ただ、以前に同人誌『うなグインサーガ』でも書いたが、今作は栗本薫の源流とも云うべき作品であるのは確かだ。今作の良は天才的でありながら悩める音楽家であり、かつ外見などにおいても男女を問わずに魅了する選ばれし特別な存在でもある。この良を音楽面とセクシャル性との二つに分け、音楽面は『キャバレー』シリーズの矢代俊一となり、その他は『真夜中の天使』『翼あるもの』の今西良へとなった。

 なので今西良と矢代俊一を中心とする「東京サーガ」なるよくわからんシリーズを俯瞰するにあたって、重要なミッシングリンクとなる作品であり、東京サーガを極めたいならば見逃してはならない大事な作品だ。

 だが東京サーガを極めたいなんて寝言をいうやつが目の前にいたら、僕はきっと殴ってでも止めるだろう。それほどに無謀としか云いようがない。


 ところで元ネタの『悪魔のようなあいつ』は本当に盛り沢山で完成度の高い名作ドラマなので、機会があれば見てみてください。DVDが発売されているし、レンタルされているところも探せばあります。自分はレンタルで全話借りました。2016年現在では月額制の動画配信「TBSオンデマンド」で見られるようです。

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