第82話 ローバー

黒いローバー(作業車)のカメラにはA子の姿が映った。

二時間も俺がローバーから降りてこないので、しびれを切らしたらしい。

A子はコックピットから出て空気の再充填された室内に立っている。

彼女は腕組みをしてアゴに手を当てた。

しばらくして彼女は宇宙服に着替えて第二体育館の左ハッチから外に出た。


この状況でA子が船外活動する理由はひとつだ。

第二と第三体育館の間の仮止めを外す作業をするつもりだ。

予定では俺がするはずだった作業をA子がやることになる。

仮止め解除は多少難しい作業だが素人でも可能だ。

人工知能の紫さんのアドバイスが受けられれば。


A子が船外に出たためにローバーのカメラ映像では彼女が確認できない。

1時間ほど過ぎるとゼラニウムの機体がグンと揺れた。

この揺れは仮止めを外して第三体育館を切り離したショックに違いない。

第三体育館は切り離されるとオートで惑星Tに投下される。

そして目標地点まで自動で誘導されて着地する。


A子が第二体育館の左ハッチから室内に戻ってきた。

ヘルメットと宇宙服を脱いだ彼女は室内着に着替えた。

黒のズボンに白のワイシャツ。

なぜ彼女が第三体育館の切り離しを優先したのか?

このローバーは無線で動いている。

つまり第三体育館からでも無線操縦可能だ。

俺が第三に隠れたままローバーを第二に入れることも可能だった。

彼女はその可能性を排除しようとしたのではないか?

現状ではA子と格闘して勝つにはローバーを使うしかない。

ローバーのロボットアームだけが彼女を拘束することが出来る。

しかし実際のアームの動きは緩慢でとてもゆっくりとしか動かない。

それにもしアームが敵対する動きをすれば彼女はコックピットに逃げるだろう。

コックピットはローバーでは破壊できない構造だ。

だから実際にはA子をアームで拘束するのは至難の業と言える。


A子がロープを手にしてローバーの方へ進むのがカメラで見える。

やはり彼女はローバー後部のハッチから入ってくる気だ。

A子は注意深くロボットアームの動きを見ながら進んでいる。

ローバーの貨物室のハッチは小さいがミニエアロック構造になっている。

ハッチを手で開けた彼女は注意深く中へ進んで扉を閉めた。

タイミングはここしかない。

俺はディスプレイを操作して2本のロボットアームを動かした。

2本のアームをミニエアロックのハンドルに差し込んで外から固定した。


そして俺は人工知能の再起動のスイッチとなる文字列を口に出した。


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