第65話 返信

俺「本社サーバーに送るだけって、それじゃあ意味がない。」


人工知能の牧師モードが起動できたことは良かった。

しかし人工知能の隔離区画にある牧師モードは話を聞くだけだ。

その内容を地球の本社に送って事故後の原因究明に使う。

俺にとっても「懺悔(ざんげ)」しておけば法的責任が免除されるから利益がある。

いや利益があるといっても生きて帰れた場合。

事故原因究明委員会が調査するほどの大事故なら俺は生きて帰れない。

だから法的責任うんぬんはナンセンスだ。

とはいえ、今はこの緊急事態を相談する相手を求めている。

牧師は機体のことは何も分からないので頼りにならない。

やはり地球の本社のスタッフに相談したいところだ。


俺「本社サーバーに送るだけって、それじゃ意味がない。」


牧師「本来の機能としてはそれが限界です。」


俺「牧師のくせに人助けも出来ないのかよ。」


牧師「みなさんが牧師と呼んでいるだけで私は宗教と無関係です。」


俺「いや、何かあるだろ? 地球から返信を受ける方法が。」


牧師「・・はい。非常時の通信テスト用に本社からメールを受信できます。」


俺「それだ! 今は紫さんが故障してる非常事態だ。」


牧師「では、地球からの返信を受信するようにします。ですが・・」


俺「ですが?」


牧師「通常は懺悔(ざんげ)内容を暗号化して送るので気づいてもらえるかどうか。」


懺悔内容を暗号化して本社のサーバーに送る。

その通信記録は大事故の後に事故調査委員会が開封する予定だ。

だから「ソーシン」したからといってすぐに開封されない。

数か月たった後に返信が来ても意味は無い。


俺「よし、じゃあこうしよう。暗号通信を大量に送る。」


牧師「大量とは? どのくらいですか?」


俺「同じ内容の懺悔を1万回分だ。これなら嫌でも気づくだろ。」


牧師「たしかに何事かと開封されるとは思いますが。」


俺「いや、一万回で足りないかもしれないから百万回分だ。」


牧師「百万回! サイバー攻撃かと勘違いされますよ。」


俺「じゃあ、それも前もって懺悔しておこう。」


俺は今までの経緯とA子をどうするか、ハルカワをどうするかなどをまとめた。

そして当面の対処法や紫さんの状態チェックなどを返信するように牧師に言った。

地球からの返信は最短でも二十四時間以上かかるので牧師モードは解除した。


俺のピッタリ背後にいるA子がささやいたような気がした。

分厚いヘルメットと真空の宇宙空間では音声は伝わらない。

とくにささやき声は伝わらない。

しかしA子が誰かと小声で話しているような感覚がある。

不気味なことに彼女の吐息まで感じた。









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