第9話 船外活動

宇宙はラズベリーのような甘い果実の香りがする。


今日は宇宙服を着て船外活動をしている。

俺は第一体育館の左エアロックから漆黒の宇宙空間に出た。

無駄な時間は無いのでさっそく作業に取り掛かる。

主な作業は輸送機ゼラニウムの外面パネルの交換だ。

小さな傷が出来たパネルを外して新品を設置する予定だ。


俺「今、エアロックから出た。セーフティー・テザーは設置した。」


紫さん「機長、ローカル・テザーも必ずフックして下さい。」


俺「あ、分かってる。」


紫さん「必ずローカル・テザーを使用して下さい。」


俺「了解。」


俺は移動するたびにローカル・テザーという短い命綱をフックで取り付け直す。

面倒だが、これをしないと危険だ。

もし両手を離せば機体から俺の体が離れてしまう。

だから命綱としてローカル・テザーをつないでいる。

万が一、ローカル・テザーが切れた時はどうなるのか?

そのために長いセーフティー・テザーを最初にフックで取り付けている。

セーフティー・テザーがもし切れたらどうなるのか?

フワフワと宇宙を漂いながら戻れなくなって俺は死ぬだろう。


最後の手段として推進剤で移動する装置もあるが、あまり期待できない。

しかもゼラニウムには他の乗員がいないので救援も呼べない。

船外活動は偶然の事故が重なれば簡単に命を落とす危険な作業だ。

日給は500万円で良いのだが。


俺「全作業終わったけど、どう?」


紫さん「外部カメラでも確認しました。機長、戻って下さい。」


俺「あいよ。」


作業が終わってエアロックに戻る途中で白い機体を眺めた。

この大型輸送機は体育館ほどの直方体が三つ連結されている。

第一体育館と第三体育館は、ほとんどコンテナなので真っ白だ。

第二体育館は上部が太陽電池パネルで下部がエンジンと噴射孔になっている。


三つとも月面基地で建造されたので空力デザインではない。

ビスケットの箱のようなカクカクした形をしている。

機体表面には衝撃吸収パネルがたくさん貼ってある。

その白いパネルが暗闇に咲く花のゼラニウムのように見える。


エアロックを通るとき独特の匂いがした。

宇宙はラズベリーのような甘い果実の香りがする。

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