「よく気絶するな、君は」

ロイは倒れたアイリスを見つめた。

アイリスは額のあたりに違和感を覚え、手で触れる。

優しい冷たい何かがあったので目をやると、クラークが魔法で冷やしてくれていた。

「おや、お目覚めかな」

仮面の下から優しい声がした。

この人はいったいどんな顔をしているのだろう。アイリスは仮面の奥が気になった。

「クラーク。本題なんだが…」

ロイがクラークを呼んで、着ていたローブを渡す。

「これ、どうも効果が切れてきているらしいんだ。直せるかな」

クラークはロイから受け取ったローブを机の上に置き、注意深く見る。

その様子を不思議そうに見ていたアイリスにロイは説明する。

「あのローブはクラークが作ったもので、着ているものの魔力を抑えてその存在を見つかりづらくする効果を持っているんだ」

しばらくローブを見つめていたクラークはうーんとうなる。

「もうだいぶぼろが来ているな。直せないことはないけど、しばらく時間がかかるかもしれない」

ロイは少し残念そうにうつむいてしまった。

「そうか、君でも難しいのか。時間がかかるならこのまま完全に効果が切れるまで使うさ」

クラークは黙ってしまった。

「すまないね。急に訪ねてきてこんなことを頼むなんて」

ロイはそれだけ言うとアイリスの手を引っ張り部屋を出ていった。


宿屋へ帰っている途中ロイはずっと下を向いていた。

アイリスは何と声をかければいいのかわからず、そのまま隣を歩いた。

宿屋に付き、ロイは部屋のベッドに腰かけた。

「困ったな。これがないと目立ってしまう」

ロイは頭をかき、悩んでいた。

アイリスはロイのローブを少しだけ見てみることにした。

黒い生地の中に魔法の糸が少しずつ編み込まれている。

それに薄くはなっているが、裏側に防御魔法の陣が書かれていた。

「これ、かなり上級の防御魔法よね?クラークさんってそんなにすごい人なの?」

ロイは腕を組んでうなりながら考える。

「確かにクラークはすごい奴だけど、それ以上に変人だ」

ロイははっと思い出したように続けた。

「そういえば、さっき会ったクラークはどことなく雰囲気が変わっていた気がする」

ロイはしばらくうなっていたがおもむろに立ち上がり、ローブを着て外に出る。

アイリスも少し遅れたがロイについて行った。

「どこ行くの?」

アイリスはロイに尋ねる。

「ちょっと情報収集しよう。僕の推測を確実にするためにクラークに関する情報がもうちょっとほしい」

ロイとアイリスは二手に分かれて情報収集をした。

二人が宿屋に戻ってくる頃にはすっかり暗くなってしまっていた。

宿屋の質素な部屋で二人は情報を共有する。

「私は市場のほうに行ってきたわ。クラークさんが商業に力を入れ始めたのはここ最近の事みたいね。それまでは学問に力を入れていたらしいのだけれど、ある日急に方向性を変えたみたい」

アイリスはメモを見ながら話す。

「最近の事か…。確かに彼の性格からして学問に力を入れるのはわかるが、急に変えるのはおかしい。僕は街の魔術師たちに話を聞いてみた。そしたら彼の悪いうわさがわんさか出てきた。“魔法の技術を独占している”だとか、“少しでも反逆したら殺される”とか、“夜な夜な人を襲う”なんてのもあった」

ロイは少し楽しそうだった。

そしてアイリスに近づく。

「明日、彼に直接聞く。彼はいったいどんな反応するだろうか。想像しただけでワクワクしてきた」

ロイは子供っぽい笑い声をあげた。

内容こそとんでもないことだが、アイリスにはとてもかわいく思えた。

勿論、本人に言えばまた魔法が飛んでくるだろう。アイリスは温かな目で見守ることにした。


次の日、ロイとアイリスは庁舎の開く時間より10分早く庁舎の前に立っていた。

庁舎が開く時間ならすぐに会えると考えての時間だった。

案の定、すんなりクラークに会うことができた。

「やぁ、こんな早くにどうしたのかな?」

クラークは昨日と同じ仮面をして立っていた。

ロイのにやけが止まらない。

クラークはロイに少しばかり警戒心を持った。

「いや、街で少しだけ面白いうわさを聞いてね。本人に確かめに来たんだ」

ククク、とロイが笑いをこらえていた。

「噂?」

クラークはロイから少し距離を取り、聞き返す。

「そう、噂だ。何でも君は魔法の技術を“独占”しているらしいじゃないか」

クラークは驚いた様子で首を横に振った。

「とんでもない!私がそんなことするものか」

ロイはにやけたまま頷く。

「やっぱり君はそんなことしないよな。じゃあもう一つのうわさも確認してもいいかな?

君は夜な夜な人を攫っているという噂があったのだけれど、これも違うよな?」

一瞬クラークの体が浮く。

「失礼だなロイ。まるで私が悪人みたいな言い方じゃないか」

ロイのにやけが最高潮まで達した。

それを何とか抑えて真面目な顔をする。

「そうかそうか、ならいい。今日の用事はこれだけだから、僕たちはもう帰るよ。また明日もお邪魔するかも」

そう言ってロイはアイリスを強引に引っ張り、外へ出ていく。

二人は宿屋に帰ると軽めの夕食を取り、そのまま眠りにつく。

アイリスは明るく光る月を見ながら、この数日間を思い返していた。

故郷から旅立ち始めて着いた町で出会った少年。

思えばロイの後ろを見てばかりだった。

自分から何かを提案することが苦手だったアイリスが一人で決めた旅。

それなのに、旅を始めても誰かの後ろを見て歩いている。

そんな自分に嫌気がさしたが、今は悩んでいてもしょうがない。

アイリスはベッドに潜った。

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