エピソード1『ゲームと私』②
* * *
「あぁぁぁ! むかつくぅぅぅ!」
春の訪れで、すっかり暖かくなった5月のある日。
現在時刻は、真夜中の午前2時。
私は、ワンルームの自分の部屋で1人、枕を蹴飛ばしイライラをつのらせていた。
私の名前は、中川リツコ。
24歳のOL。
「むかつく! むかつく! 超むかつく!」
実はついさっき、彼氏のタクヤから突然のお別れメールが携帯に送られてきた。
飲み会で知り合って付き合いだし、来月で丸2年。
将来は結婚も見据えて本気で付き合っていたはずなのに――
そう思っていたのは、どうやら私だけのよう。
「あ~! もう~!」
しかも、メールの文面から察するに、どうやらタクヤは浮気をしていた模様。
そして、何を勘違いしたか、私に浮気がばれたと思い込んでいる。
だから、別れを切り出してきたようだ。
ていうか!
ていうかさ!
浮気してたのも、もちろん腹が立つけど、なんで別れ話を携帯メールで済ますわけ!
なんで、自己簡潔して終わりにしようって思うわけ!
私との2年は、そんなものだったの!?
あ~!
このムカつきは、どうすりゃいいのよ~!
* * *
――翌日。
会社終わりの午後7時。
私は、友達のユカッチとファミレスで待ち合わせをし、夕飯を食べながら愚痴を聞いてもらっていた。
本当は、すぐに帰って眠りたい所。
なぜなら、昨夜はあれから一睡もできなかった。
悔しいやら腹立たしいやら自分が情けないやら、色んな気持ちが混ざった涙を、これでもかというぐらい流しまくっていた。
そして、今日の朝もいつも通り、会社に出勤した私の眠さはピークに達している。
でも、私の気持ちが治まらない。
誰かに聞いてもらわなきゃ治まらない。
「ねえ、ユカッチ、これ見てよ」
目の下にクマを作った私が、カバンから取り出したのは携帯電話。
勿論、昨日のタクヤからのメールをユカッチに見せるため。
「最悪じゃない? 2年も付き合ってこれだよ」
「そやね……」
ユカッチは、携帯のディスプレイを見ながら深く頷いた。
「確かに、このメールは、めっちゃひどいな……」
「でしょ? 本気でぶん殴ってやりたいよ」
やっぱり、ユカッチは親友だ。
ユカッチこと緑山ユカちゃんは、同い年で同期入社。
目がクリクリと大きく、美少女アニメの主人公のように、声がかわいいのが特徴。
シャギーの入った茶色いサラサラのロングヘアーも良く似合っている。
ちなみに、ユカッチは大学卒業まで大阪に住んでいたから、モデル並みの綺麗な顔に似合わず、いつもコテコテの関西弁。
普段、テレビでしか聞きなれない方言に、最初は圧倒されっぱなしだったけど、今ではすっかり仲良しだな。
仕事でもプライベートでも、本当に何でも話せる居心地のいい相手。
私の苦しみを1番分かってくれる最高の友達だね。
「まあ、今となっちゃ」
私は、オレンジジュースを飲みながら言った。
「あんな男、別れて正解だったわ。あ~、すっきりした」
「あんね、リツコ……」
「ん?」
「ちょっと、気になるんやけど……」
ユカッチは、眉間にシワを寄せ首を傾げながら言った。
「もう1回、このメール……よう読んでみて」
「え?」
何だろう……何か見落とした事でもあったかな?
私は、タクヤから送られてきたメールの文章に目を通し始めた。
《悪い。長い間、順調に付き合ってても、浮気がばれたらもう無理だよな。ごめんな、今日限りでリツコとは終わりにする》
うん……別に見落とした箇所はないな。
「これがどうしたの?」
「いやいや、せやからね……」
ユカッチは、言いづらそうに口を開いた。
「ひょっとしたらやけど……リツコ、二股されてたんちゃうかな?」
「え?」
私は、キョトンと目を丸くしながら言った。
「ひょっとしたらじゃなくて、どうみてもそうでしょ? タクヤは、私以外の女と他に付き合ってて、それが私にばれたと勘違いしたんでしょ?」
だから、と私はため息を吐きながら言った。
「あいつは、別れようなんて言ってきたんでしょ」
「あ、あんね、リツコ……」
ユカッチは困ったように笑いながら、私の手をそっと握った。
「いやね……うちが言いたいんは……リツコが浮気相手やったんちゃうかな……って」
「へ?」
ホエ?
「い、今、なんて……?」
「せ、せやからね……」
ユカッチは、さらにひきつったような笑みを浮かべながら言った。
「タクヤ君には本命の彼女がおって、リツコが浮気相手……みたいな」
「えっ!?」
な、何ですと!?
タクヤの『浮気相手』が私!?
「ちょ、ちょっと待って!」
私は急いで携帯を覗き込み、メールの文面をもう1度見てみた。
《悪い。長い間、順調に付き合ってても、浮気がばれたらもう無理だよな。ごめんな、今日限りでリツコとは終わりにする》
「え……?」
ちょっと待ってよ……このメールの文章を、違う角度から意味を考えてみると……
『本命の彼女に、私との浮気がばれたから、もう私と二股の付き合いを続けていくのは困難』
ということ……?
「ハ、ハハ……」
……って!
な、何ですとぉぉぉぉ~~!!
それじゃ、何かい??
私は、そんなことも気づかずに呑気に2年も付き合ってたっていうの??
「え、え~と、ちょっと落ち着こう……」
私は、もう1度オレンジジュースを飲んだあと、大きく深呼吸をした。
と、とにかく、1回整理してみよう。
私は、結婚を考えて付き合っていたよね。
でも、タクヤにとって、私は都合のいい浮気相手。
だから私は、メールで一方的に別れを告げられた。
「ハ、ハハハ……」
いや~~~~~~ん!!
あのお別れメールの文章が、すごくしっくりくる~~!!
♪カンカンカンカ~~ン!♪
KO負けを告げるゴングの音が、心の中で鳴り響いたような気がした。
「ユカッチ……」
そして、そっとバッグを持って、席を立ち始めた。
「ごめん……今日は帰るね……」
「だ、大丈夫なん?」
「うん……」
私は、全身からどんよりとしたオーラを出しながら言った。
「当分ひきこもるかもしれないけど、死にはしないから……」
「え!?」
「だから、安心して……」
「そ、そうや!」
ユカッチは、焦ったように、パンと手を叩いた。
「先月な! 駅前にめっちゃ大きいゲームセンターが出来たんよ!」
「ゲーセン……?」
「そやねん! この間、彼氏と行ったんやけど、ほんま面白いんよ!」
「へえ……」
私は、魂が抜けたような、かすれた声で言った。
「いいね、ユカッチは……大事にしてくれる彼氏がいて……」
「い、いや、そうやなくて……」
ユカッチは、自分が出来る最大の笑顔を作り私の手をつかんだ。
「と、とにかく、今から一緒に行こうや! パーッと遊んだら、気分もちょっとは楽になるって!」
「まあ、別にいいけど……」
私はユカッチに連れられるがまま、ファミレスからゲーセンに向かった。
ゲーム……か。
今思えば、私は、タクヤのゲームに参加させられてたんだよね。
『彼女にばれずに、二股できるかな!?』
っていうゲームに、2年も主役で居続けたんだよね。
私の恋は、ゲームオーバー。
強制的にリセットを押されるように、あっけなくその幕を閉じてしまった。
もういらない。
タクヤとの思い出は、何もいらない。
あんな偽りの嘘っぱちな恋の思い出なんか。
何もかも全部いらない――
あぁ、どうしよう。
気を抜くと、涙が溢れそうになってくる。
クマを作った私の両目は、もういつでも、悲しみの水分が発射できるようにスタンバイ。
ゴーサインを出せば、きっと、とめどなく溢れてくるだろうな。
今はユカッチが隣にいるから、なんとか我慢できているような状態なんだ。
さようなら。
私の恋。
私は自分の記憶から、タクヤとの思い出を無理矢理消去することに決めた。
この2年間の思い出を、1つ残らず消し去りたい。
ゲームに便利なバックアップ機能なんかなくていい。
少しでも早く、全部の思い出を消去したい。
私は、そんな気持ちでゲーセンに向かった。
さようなら
私の恋
嘘っぱちの私の恋
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