イヴは夢から目覚めない

空美々猫

第1話 二人の狂人と不死の少女

私は造られた。

私は死なない怪物になった。

無限に引き延ばされた生。覚めることのない胡蝶の夢。

どうせ生きなければならないのなら、

何か相応の理由が欲しい。

私が生きているのに、相応の理由が。



 かつての繁栄を極めた文明も、それを担ってきた人間そのものの減少により、ただそこに建造物のみが残されるという有様だった。人口減少に伴い、人々は次に生まれてくる世代を、より優秀で効率の良いものに変えていくことに心血を注いでいる。遺伝子の組み換え、クローン技術の発達、機械による能力の拡張など、それまでタブーとされてきた分野は、いつの間にか人々が最も関心を寄せるトピックの一つとなった。

 そして、人口が減少しても無くならないものの代表が戦争だった。当然、発達したテクノロジーは、いとも簡単に軍事へと転用されていく。もちろん、そういった技術を軍事利用することは、さすがにタブー視されている。テクノロジーはあくまで人々の幸福の追求のための技術。健康で優良な子孫を残すためのもの。そういう建前めいたものは、一応は存在していたからだ。だが所詮、建前は建前に過ぎない。軍事産業の中心もまた、そちらへ移行していくことは、もはや止められない流れとなっていた。

 そして、そんな中テクノロジーが必然的に生み出したのが、ボーグと呼ばれる人造人間である。



 湾岸地域一帯は工業地帯となっている。とはいえ、いまや工場のほとんどは機械によって無人のまま、ただ稼働し続けているだけだ。ここらで造られているものは、大半の人間には関係の無い嗜好品ばかりである。人口の減少に伴う経済の縮小により、ほとんどの人間は下流層に属することを余儀なくされた。

 無人の区画には浮浪者が集まり、ちょっとしたスラム街のような様相を呈している。そんな場所において、ただ一か所、異彩を放つ施設が存在した。あの研究所に近付いてはいけない。あそこでは人外の研究が行われている。スラム街でも、その手の噂は絶えなかった。実際、研究所の近付いた者が、その後消息不明になるという事件はいくつも起きている。誰も好んで近付かない。そんな場所にわざわざ近付くのは、自殺志願者か、頭のおかしい人間くらいのものだ。 



「サテ、行きマショウカ」

 男は縫い目だらけの黒革の手袋をはめ直し、同じ縫い目だらけの深紅のハットのつばの位置を微調整した。唇には黒い紅が引かれている。肌は血が通っていないかのように白い。逆に、手にしたバールにはべっとりと血がこびり付いており、先端にいけばいくほど、元々の色がわからないくらいに赤黒い。

 隣にいる男はといえば、肌の色が斑で、まるでツギハギのようだ。大柄で筋肉の塊のような体をしている。人間の骨くらいなら簡単に折ってしまうだろう。口の端が耳の近くまで裂けており、それを無理矢理縫い付けている様が、彼の異形をより強調している。

 二人の目線の先には、鉄条網で囲まれた研究施設が建っていた。鉄条網からは、時よりバチバチと火花が飛んでいる。電流が流れているのだ。敷地内を武装した警備兵が巡回している。これらの警備は通常の研究施設ではありえない。つまり、この状況を見れば、ここがまともな研究施設ではないことは、火を見るよりも明らかというわけだ。

 二人組の男達は、特に躊躇う様子もなく、施設の方へ歩いていく。鉄条網を目の前にして、二人は足を止めた。普通の人間なら、鉄条網に触れただけで丸焦げになるだろう。深紅のハットを被った男の体がガサガサと音を立てる。

「デハ、始めマショウ」



 研究所内にサイレンが鳴り響く。警告のランプが点滅し、室内は赤い光がチカチカしている。重火器を持った警備兵達が駆け回る。四方から響く爆音。何者かによる襲撃で、研究所は騒然としている。私は円柱状のガラスの中から、それを眺める。ガラスは衝撃でひび割れ、所々から液が漏れていた。この研究所はもう駄目だろう。でも私には関係ない。何故なら、たとえ研究所がこのまま瓦礫と化したところで、私はきっと死なないのだから。



「ここの警備、なかなか手が込んでマスネ。楽しめソウダ」

「キルエ、あまりはしゃぐなよ」

 大柄の男に制されて、キルエと呼ばれた男は再びハットのつばを微調整した。

「エェエェ真面目に殺りマストモ」

 キルエの周囲は如何にしてか爆発が絶えない。殺到する警備兵達は、何もできないまま爆殺されていく。いかに堅牢な施設といえど、これだけの爆発に耐えられるものではない。壁は吹き飛び、鉄骨はひしゃげ、キルエが通ったあとには瓦礫が積み上げられるばかりである。

 一方、大柄の男は腕力にものを言わせ、瓦礫をいとも簡単に持ち上げると、兵士達の方へ投げつけている。ほとんど一方的な虐殺が繰り広げられ、二人の侵攻を止められるものなどいないかのようだった。だが、ただ暴力的な破壊を続けていた二人が、そこで急に足を止めた。その周囲には7人の男達が、重火器なども持たずに立っている。

「コレハ、コレハ。面白そうな方々デ」

「ボーグか」

「ガルチュア=サン、半分お願いシマスヨ」



「01から司令室へ。侵入者と遭遇。これより排除する」

 リーダーと思しき男が冷酷にそう告げる。七人は他の警備兵のような武装はしていない。しかし、代わりにそれぞれ特殊な道具や武器のようなものを手にしている。

「貴様らがどういう輩かは知らんが、ボーグ7人を相手にしたのが運の尽きだ。死んでもらう」

 <01>を名乗る男は背中に何本ものサーベルを差している。男が手を翳すとサーベルはカタカタと音を立て、鞘から抜けていく。そして鞘から抜けたサーベルは、見えない糸にでも釣られるように男の周囲で静止した。

「私の脳波は体内に埋め込まれた装置によって、金属を自在に操る。サイコキネシスだ。今や科学は超常現象すら再現する。この崇高な研究を、貴様らのような狂人に邪魔されることなど、あってはならないのだ!」

 他の6人も次々に臨戦態勢をとる。両腕がパージし、巨大なチェーンソーめいた武器を構えた男の肩には<05>のナンバーが刻印されていた。不敵に笑う7人の男達は、全員なんらかの人体改造が施されているようだった。

 だが、その時である。目の前の大柄な男は地響きのような唸り声を上げた。ゴキゴキと骨が折れるような音を立てながら、男の体が見る見るうちに形を変えていく。背中の肉が盛り上がったかと思うと、いきなり翼のようなものが男の背中の肉を突き破り飛び出した。両腕からは無数の触手が蛇のように伸びていく。口元の縫合はちぎれ、中からはエイリアンじみたもう一つの口が顔を出す。一瞬その場に戦慄が走った。その男は、あたかも悪魔のような姿をした異形の者へと変貌していたのだ。

「ARRRRRRRRG!」

 <01>の額の汗が流れ落ちる。

「下等な化け物めぇ……全員でかかれ! 殺せ!」



 ガルチュアは変身と同時に跳んだ。全身の筋肉がバネとなり、その巨体からは想像もできない速さである。ガルチュアは腕に<04>彫られている男に狙いを定めた。<04>は手に持つ武器を展開しようとしたが動作が間に合わない! ガルチュアの触手は絡み合い、捩じれることでドリルのような形状となっている。<04>が迎撃態勢に入るより先に、ガルチュアの触手は<04>を貫いていた。

「まずは一匹」

 貫いた<04>を乱暴に投げ捨てるとガルチュアは次なる標的を睨む。そして、同時にキルエに向かっていった<02><05>は木っ端微塵に爆散していた。

「思ったより手応えないデスネ」

「油断するなキルエ」

 キルエとガルチュアが会話を交わした隙を突いて、<01>の周囲に浮いていたサーベルが襲い掛かる! あわや串刺しか! そう思われた次の瞬間、サーベルは彼らに届くことなく、空中で虚しく爆散した。

「クソ! 貴様ら一体何者だ!!?」

 <01>はさらに追加のサーベルを操り、必死の抵抗を見せる。だが、キルエはまるでそれを意に返さないで溜息をついた。

「ヤレヤレ。不意打ちでこれでは、油断も何もありマセンヨ」

「ならばさっさと仕留めるんだな」

「く、貴様ら、なめるなよ!」

 またもや無数のサーベルが二人に襲い掛かる。だが結果は変わらない。サーベルは二人に届くことなく爆散していく。サーベルでは間に合わないと踏んだ<01>は近くにある鉄骨や金属片を手当たり次第に操り、次々に発射! だがキルエの能力により、すべては木っ端微塵に吹き飛ばされる。

 そして爆発のさなか、再び牙を剥いたガルチュアの触手によって、<07>の首は無残にへし折られていた。

((敵わない……))

 <03>、<06>ナンバーの男達は怖気づき、半ば戦意喪失状態である。

((こ、殺される……))

 人体改造によって超常的な力を得て、自分たちこそが支配する側なのだと思い込んでいたボーグ達の慢心は、今や粉々に打ち砕かれていた。二匹の得体の知れない怪物の前にして、一瞬にして四人の仲間を失った哀れなボーグ達は、ただただ絶望と恐怖を味わうしかなかった。



「第七ブロックも通信不能! 駄目です、もうほとんどの施設は破壊されています!」

「たった二人のはずだぞ! 一体どうなっているんだ!?」

「侵入者はボーグの模様! 武装した人間では歯が立ちません!」

「被検体を向かわせたんじゃないのか!?」

「生体反応無し! 向かわせた被検体からの信号は途絶えています! おそらくすべて破壊されたと思われます!」

「戦闘用ボーグ7体をすべて破壊されただと!? バカな!!」



 この研究所の最大の兵力は、ここで造られた戦闘用のボーグ達だ。そのボーグ達でさえ、どうやら役に立たなかったらしい。今、メインルームは混乱を極めている。最後の切り札が全く役に通用せず、打つ手なしというわけだ。もはや研究所を打ち捨てて、脱出するしかない。そう叫ぶ者もいたが、所長はまだ決断できないでいる。脱出派と抵抗派の意見が分かれ、メインルームはほとんどパニック状態だ。そんなさなか、突如として爆音と共に、メインルームの壁の一部が木っ端微塵に吹き飛ぶ。立ち込める煙の向こうに人影が見えた。そして、私はそれをガラス越しに眺めている。

「イヤハヤ、あまり面白い人形はいマセンネ。この研究所は」

 人影はゆっくりと室内の方へ歩いてくる。コツコツという足音と共に、ガサガサという不快な音が聞こえる。

「貴様何者だ! 止まれ!」

 警備兵達の銃口が、一斉に侵入者に向けられる。

「やめておいた方がいいデスヨ。ボクの体の中は爆薬が詰まってマスカラ。一緒に塵になりたいなら、かまいマセンガネ」

 警備兵達は一瞬躊躇した。その一瞬が命取りになる。一人の警備兵がいきなり爆発し、続け様に何人かの体が吹き飛んだ。そして気が付くと、部屋の床には無数の蟲達が這い回っている。

「生憎、一緒に塵になる気は、こちらにもないのデネ。アハハ」

 床にいた蟲達は警備兵や研究員に取り付くと、次々に爆発を起こした。煙が収まり、ようやく男の姿がはっきりと見えるようになった頃には、メインルーム内に生きている人間は一人もいなかった。私を除いて。

「オヤ?」

 男はガラス内の私に気付き、こちらに近寄ってくる。男の恰好はあまりに場違いで、それがより一層、この男の異常さを際立たせていた。男はまるでサーカス団の道化師のような深紅のハットを目深に被り、深紅の燕尾服を着て、ステッキの代わりに血に染まったバールを持っている。血の気の無い青白い顔、目の周りは真っ黒に縁どられ、唇もやはり黒く塗られている。眼球は蛇のようにギョロリとして、左眼の下から頬にかけて痛々しい傷跡があった。

「こんなところにわざわざ被検体を置くなんて珍シイ。どうやら貴女は何かしら特別なようデスネ」

 そう、私は特別。所長や抵抗派の研究員達が、この研究所を捨てられなかったのは私が原因だ。私に関する膨大な研究データは、このメインルームにすべて記憶されている。私はこの研究所の最高傑作。

 人口減少に歯止めがきかなくなった社会において、私という研究成果は希望そのものだ。何故ならば、私はこの世界で唯一、死なない存在となった。


 無限に自己再生を繰り返す細胞を持ってしまった不死の人間。

 

 <コードネーム:イヴ>


 それが私。



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