第7話 知恵の果実とエルフの魔法
スマホの履歴を見ると、鬼のような着信が入っていた。
これらを無視していたのはルシルであって、断じてぼくではないのだが、母・茉利子にそんな言い訳が通じるだろうか。
不安に思っていると、八木さんが呑気な声で話しかけてきた。
「茉利子さん、なんて言ってます?」
「殺す、だそうです」
「ワオ! 誰が殺されるのかな。できればルシルであってほしいですね」
エルフ保護区の監督官とは思えない発言だった。
ルシルはといえば、来たるべき母さんとの戦いに備えてか、「かかってこい、マリコ! お前とはいつか決着を付けたいと思っていた。シュシュ!」と言いながら、何もない空間に拳を突き出していた。
それを見た八木さんは、呆れたように肩をすくめた。
「……うちの母さんとルシルは、仲が悪いんですか……?」
「どうでしょうね。私はお二人が直接会話するのをあまり見たことがないですが、仲の善し悪しはさておき、性格はよく似ていると思います。なにせ茉利子さんを……」
「ユウは少し黙ってて。ミツルもオタオタしない。マリコとはあたしが話を付けるから、心配しなくていい」
八木さんの発言を制したルシルの言葉は鋭く、ぼくはそれを少し意外に感じた。
「……だそうです。茉利子さんの相手はルシルに任せましょう。彼女はああ見えて、やるときはやる女性です」
「ああ見えて、は余計」
「はいはい。そうだ、深蔓さん。茉利子さんが来て騒がしくなる前に、お祖父さまのお墓参りを済ませておきませんか?」
「祖父の、墓……はここにあるのですか?」
我ながら間抜けな返答だった。
「ええ。ここから少し離れた場所に。行ってみませんか?」
正直、一度も話したことのない祖父の墓参りと聞いても、ピンとこないものがある。
しかし、このへんてこなエルフの里を作り上げた老人に、ぼくは一種の敬意と好奇心を抱き始めていた。
「見てみたいです」
そう答えると、八木さんはうれしそうに笑った。そして、公民館で宴の準備を進めるエルフたちに手を振ると、「深蔓さんを草二郎さまのお墓にご案内してきます! みなさんは準備をよろしく!」と声をかけた。
エルフのみなさんは、にこやかな様子で手を振り返してくる。
祖父がこの村で敬意を集めていたのは、どうやら本当らしかった。
********
祖父の墓は、村の中心地から30分ほど歩いた小高い丘の上にあるという。
ぼくは道すがら、同行する八木さんとルシルに、祖父のことを尋ねた。
「草二郎さまのお人柄……ですか? 一言で申し上げれば、豪傑……でしょうか。まぁ勝手な人でしたよ……あ、痛っ! こら、ルシル! 蹴らないでください!」
「ソージローは良いヤツだった。それに面白いやつだったよ。古木になっても若木のような男だった。子供のような好奇心に溢れていた。あたしたちエルフが忘れがちな美徳の持ち主だったよ」
「珍しいもの好きだったのは間違いないですね。ここのエルフたちが科学製品を受け入れたのは、草二郎さまの影響が強かったのは間違いないと思います」
八木さんがそう言いながら、少し離れたところでたむろしているエルフの一団を指さし、「あれを見ててください」と言った。
20メートルほど離れた場所で、草色のローブを着込んだ3人のエルフたちが杖を手にして話し込んでいる。
ぱっと見はファンタジーな場面なのだが、彼らの足下に置かれたMacBook Airが場違いな雰囲気を放っていた。
エルフの一人が地面に座り込み、MacBookのキーボードを叩くと同時に、ほかの二人が杖を構えて何か呪文のようなものを唱え始める。
すると、土がボコボコと音を立てて盛り上がり、ひとりでに人型へと変化し始めた。
「あれは……?」
「防衛用のクレイ・ゴーレムです。地面の中の粘土分を使って作ります。以前は、エルフたちの中でも高位の術者しか作れませんでしたが、いまは誰にでも作れるようになっています」
八木さんは自分の手柄のように胸を張る。
「ゴーレムを作るだけなら、どのエルフでもできるんです。でも、並のエルフが作っても、単純作業を数分間こなす程度のものしか作れません。しかし、パソコンの3DCGソフトでゴーレムのモデリングを作ることで術者にかかる負担を減らすことで、何日間も稼働し、精緻な作業ができるゴーレムを作り出せるようになったんですよ」
「よく分からないんですが……パソコンのおかげで、エルフ全体の魔法のレベルが底上げされたってことですか?」
「そんな感じです。人間の社会でも、デジタルで絵を描ける環境が整備されたおかげで、絵を描ける人が増えて、アマチュアのイラストのレベルが一気に上がった時期があったじゃないですか。あれと同じようなことが、エルフの魔法にも起きてるってことです」
分かるような分からないような話だった。
「エルフたちの魔法って、イメージが大事らしいんですよ。こういうことが起こるはず、起こってほしいというイメージを頭の中で組み上げて、体の中の魔力を放出することで、効果が発生するんだそうです。なので、イメージを構築する能力や、魔力量の多寡が魔法のレベルに直結してきます。そこで、草二郎さまはイメージ構築能力をコンピューターに任せてはどうか、と考えました。1976年、スティーブ・ウォズニアックがApple-1を作ったとき、草二郎さまはアメリカからそれを取り寄せ、エルフの魔法の改良に用いようとしたそうです」
なんだかすごい話になってきた。
ぼくが戸惑っていると、八木さんはますます得意げに語り出す。
「現在、きちんと動作するApple-1は、世界に8台しか存在しないことになっています。しかし、実はさきほどの公民館に、表には出せない、9台目の動くApple-1が保管されています。この村のエルフがMac派なのは、そういう歴史的経緯があるからなんですね! あと、例のロゴがエルフたちの故郷の森にある果物に似ているのも、人気の理由の一つだそうです」
ぼくの脳裏に、iPadをもらって喜んでいたパルムの姿が蘇った。
それはさておき。ぼくの祖父は、どうやらかなりの変人だったらしい。
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