第6話 母、来る?
ルシルと八木さんが「公民館」と呼ぶ施設は、村の中央広場のど真ん中に立っていた。平屋の建物を想像していたのだが、3階建てのコンクリート建築だった。中規模以上の街にある、コンサートホールみたいな感じだ。
「ここがエルフの国の城……というわけです」
八木さんは芝居っけたっぷりに、手のひらを胸に当て、一例して見せた。
「ようこそ、我らが王よ。さぁ、お進みください」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! まだここに残ると決めたわけじゃ……」
「ははは、冗談ですよ。とにかく、まずは中を一度ご覧ください」
入り口の扉はさすがに自動ドアではなかった。
八木さんが「よっ」と言いながら、重い金属できた両開きの扉に手をかける。
「ずいぶん頑丈そうな扉ですね」
「人間社会と同じで、公民館は非常時の避難場所も兼ねていますからね。どうぞ!」
非常時という言葉がひっかかったが、施設の中のほうが気になった。
中に目をやれば、学校の体育館のような空間だった。
板張りのだだっ広い空間があり、その奥にはステージのようなものがある。
左右の端には、バスケットボールのゴールまである。天井が低めなことを除けば、ほぼ体育館そのものだ。
中では、数人のエルフたちが指示を出し合いながら荷物を運んでいる。
彼らが手にしているのは、パイプ椅子、折りたたみ式の長机、カセットコンロ、鏡開きのときに使うような、巨大な木製の樽……。
「……あれは、なにをしているんですか?」
「ははあ、気になりますか。でも安心してください。この地は治外法権、日本国の法律は適用されません。酒税法やアルコール事業法でお縄になるなんてことはないんですよ」
あの樽の中身、やっぱりお酒なのかよ!
……って、いや! 聞きたいのはそういうことじゃなくてですね。
「おいしいよ。ミツルにもあとで飲ませてあげる。でも人間の口には、ちょっと刺激が強すぎるかもしれないけど」
さきほどのタバコ(?)の一件を思い出し、ルシルの台詞にドキリとした。
ぼくは軽く咳払いをすると、八木さんに改めて問いかける。
「お祭りの準備でもしているんですか?」
見た感じ、目の前で行われている作業は、地元商工会の新年会準備に近いような気がした。
「なにって、草二郎様の初七日の準備ですよ。|深蔓(ミツル)さんの歓迎会も兼ねた」
八木さんは自分の荷物に手を突っ込むと、何か額縁のようなものを取り出した。
「こちらが草二郎様の遺影です」
額縁の中を見れば、見知らぬ老人が満面の笑みを浮かべ、両手でピースサインをしていた。
よく日に焼けた肌。手入れされたあごひげ。色が抜けて真っ白になった髪をしゃれた感じに刈りこんだ様子は、これぞ不良老人といった趣があった。
「こうやってみると、ソージローとミツルはよく似ているな」
ルシルが突然、わけのわからないことを言いだした。
インドア派で線が細い、品行方正なぼくと、このガラの悪そうな老人のどこが似ているというのだろう。
「似てないでしょ」
「似てる似てる。魂の形がよく似てるよ。エルフには見えるんだ、そういうのが」
一瞬、エルフにはそういう特殊能力があるのかと真に受けそうになったが、八木さんが「適当なこと言わないでください」と言うと、ルシルは「チッ!」とつまらなそうに舌打ちした。
「それよりミツル! さっきからお前の携帯がビービーうるさくてかなわん。返すよ」
ルシルが短衣からぼくのスマホを取り出すと、無造作に「ほい!」と投げて寄越した。
ぼくは慌ててスマホをキャッチしたが、スマホに染みついた彼女の体温を手に感じ、少ドキッとなった。
その瞬間、スマホがピーッと音を立てて振動した。液晶画面には、メールの着信を示すアイコンが表示されていた。
差出人の名前は「母」。件名は「いまからいく」。
そして本文には「殺す」とだけ記載されていた。
ぼくはそれを見ながら母の気性を思い出し、この「殺す」の対象が自分でなければいいな、と考えていた。
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